人民服の独裁者がスーツに衣装替え

36年ぶりに開催された北朝鮮の朝鮮労働党大会で6日、金正恩第1書記はスーツとネクタイの姿で登壇し、開会の辞を述べた。祖父の故金日成主席が人民服で党大会に登壇したのは1980年だが、その36年後、孫の金正恩第1書記はスーツ姿で登場し、金永南最高人民会議常任委員長と黄炳瑞人民軍総政治局長を両サイドに控えさせ、新しい世代「金正恩第1書記時代の到来」を告げたわけだ。

韓国「中央日報」日本語電子版が7日、金正恩氏の開会の辞を報じている。

今年は水素弾試験と地球観測衛星光明星4号の発射大成功を成し遂げ、主体朝鮮の尊厳と国力を最上の境地で輝かせた。水素弾の壮快な爆音で、国防科学で引き続き国家の尊厳と思弁的奇跡を創出した。無尽蔵な度胸を世界に向けてはっきりと見せた。

党大会は栄光の金日成・金正日主義党として新しい歴史的な里程標を築く歴史的契機になるだろう。全国の千万軍民が、党が提示した70日戦闘目標を遂行する輝かしい戦果を上げた。

父親の金正日総書記は「先軍思想」を標榜し、国防委員会を核に統治したが、金正恩第1書記は党中心の指導体制を強化し、核開発と国民経済の発展を目標に掲げる「並進路線」を表明している。ちなみに、金正恩第1書記は今年に入り、1月6日の4回目の核実験を実施し、2月7日には長距離ミサイル、4月23日には潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を繰り出し、党大会前に実績を積んできた。

その一方、金正恩第1書記は核拡散防止条約(NPT)の重要性を強調し、非核化へ理解を示す一方、南北関係の改善を緊急課題とし、韓国との民族和解を求めている。2日間に及ぶ過去の業績報告の内容は広範囲に及び、そのトーンは強硬姿勢と融和ジェスチャーが入り交ざっている。

興味深い点は、金正恩第1書記が、「核拡散防止義務を誠実に履行し、世界の非核化実現に努力する」と述べ、北朝鮮を核保有国として認めるという条件でNPTへの復帰すら示唆している点だ。中央日報は「北朝鮮の非核化」ではなく「全世界の非核化」をアピールしたと報じている内容だ。「核なき世界」をアピールしながら、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准も実行していないオバマ米政権への痛烈な反論だ。

金正恩第1書記は人民服からスーツとネクタイ姿で党大会の舞台に立ち、新しい時代の到来を演出したが、衣装替えは簡単だが、低迷する国の経済を立て直すことは容易ではない。問題は国際社会の制裁下で国民経済をどのように回復させ、発展させるかだ。同第1書記は2016年から2020年の「国家経済発展5カ年戦略」を発表したが、具体的な内容は不明だ。

米国自由アジア放送(RFA)によると、党大会参加者約5000人は金正恩第1書記から42インチ以上の薄型テレビやノートパソコンが贈られたというが、同第1書記が幹部たちの忠誠を維持するために与えるプレゼントがいつまで継続できるか分からない。実際、第6回の党大会と比べ、プレゼントの数が少なくなった、という呟きが聞かれるという。

米国は金王朝の海外資金の隠し場所を既にキャッチしているはずだ。それだけではない。平壌の官邸は全て米国の軍事衛星の監視下にある。米国がその気になれば何時でも奇襲可能だ。

金正恩第1書記は国連安保理決議第2270号を再度、読み直すべきだろう。国際社会は国民の基本的人権すら守れない国に対して軍事力を行使しても国民を困窮から解放できる権利を有しているのだ。

金正恩第1書記にはぐずぐずしている時間がない。国民経済の発展、特に国民を取り巻く日常生活の改善が急務だ。それも国際社会の制裁下で実施しなければならない。

金正恩第1書記は、核開発を維持する一方で国民経済を発展させるという難問を解くカギは対韓関係の改善にある、と考えているはずだ。政権末期に入った韓国の朴槿恵政権を揺さぶりながらソウルから譲歩を勝ち取ろうという計算だ。日米両国は制裁下で対北支援を断固拒否するだろうが、同民族の韓国からは支援が獲得できるという読みだ。もちろん、中国からもあわよくば経済支援を手に入れようとするだろう。

同第1書記の経済政策が中韓両国からの支援頼りとすれば、父親・金正日総書記時代からの継続に過ぎない。人民服を脱ぎ、スーツとネクタイで颯爽と登場したが、その中身は何も変わっていないことになる。

なお、平壌からの情報によると、第7回朝鮮労働党大会第4日目の9日、金正恩第1書記は党最高位として新たに設置した党委員長ポストに就任した。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年5月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。