通信サービスの将来

松本 徹三

通信事業の意義を知るのにも、その将来を占うのにも、日本の新聞や雑誌は殆ど役に立たない。いや、日本だけでなく、世界中で声高に語られていることの殆どが本質を外していると思う。「携帯通信はやがて第五世代(5G)に移行する」とか、「IoTが世の中を変える」とかいう事が言われているが、世の中は既に大きく変わっており、こんな事は些細な追加事象に過ぎない。

パソコンが発明されて、高性能のチップが量産されるに至り、インターネットの仕組みが確立されて、TCP-IPのプロトコールで世界中の端末が世界中のサーバー群と結ばれるようになった時に、既に世界の方向は基本的に決まった。携帯電話の世界も当然この流れの上にあり、スマホの登場は当然予見出来たものだった。

「人間は何処にいようとも世界中の何処で起こっている事も容易に見聞する事が出来、過去の全ての知見に接する事が出来る一方で、自らの意志や感覚を世界中の誰にでも瞬時に伝える事が出来る様になる」という見通しは、今や揺るぎなく確立されている。後は、世界中の技術者や事業家が、この基本的な「仕組み」を逐次高度化し、人々の求めるものを、人々が支払えるコストで、次々に実現していくだけの事だ。

因みに、ここでいう「仕組み」とは、「ユーザーが常時携帯する端末とあらゆる種類の情報源を双方向で繋ぐ仕組み」の事だ。そして、その前提としては、世界中のあらゆる種類の情報が、世界中の至る所でお互いに繋がって存在しているサーバー群の中に格納されていて、それが常に更新されている事が必要だ。

IoTや5Gはそんなに画期的な事か?

IoTは「この情報源を少しだけ拡大すると共に、最小限のコストであらゆる機器が自動的にメンテされ、環境の最適化に資する」という程度のものだ。IoTが普及すれば、世界中で使われる通信機能を持ったデバイスの数は現在の10倍程度にはなるかもしれないが、一個のデバイスのコストは平均すれば5-10ドル程度にとどまるだろうし、これらのデバイスが生み出す情報の量は、人間が直接送受する情報量を10-20%ぐらい押し上げる程度のものではないかと思う。

確たる数値的な根拠もないのに、どうしてそんな事が予測できるのかという人も多いかもしれないが、如何なるサービスも、それに価値を認めて、そのコストに見合う料金を支払う人間が数多くいなければ成立しないのだから、その事を考えれば、予測は比較的容易な事が頷いて頂けるだろう。

私が「将来技術」について語る新聞記事などを読んで何時も苛立つのは、「スピードが100倍になる」といった類の表現だ。スピードを速くする技術は常に可能だが、それには色々な条件が付く。その中で最大のものはコストだ。「今より100倍も早いスピードが必要なのはどういうケースであり、その為に利用者はこの程度の金なら喜んで払ってくれるだろう」という説明がなければ、こんな記事には何の値打ちもなく、人々をミスリードするだけだ。

そもそも、現在でも多くの人が自分達のスマホでYouTube等の映像を普通に見ており、その映像を何倍もの早送りにして貰う必要等は勿論全くない。調子に乗っていると月額の通信料金が予算を超えてしまうのと、しばしば画像が著しく劣化する場所に遭遇するので、それを何とかして欲しいと思っているだけだ。

また、「交通混雑をなくす」とか「どこにいても好きなものが買える」等という事を可能にする事は、今の通信スピードでも問題なくできる事も既によく知られている。

記者の皆さん方は、レクチャーをしてくれた技術者達に対して、どうしてこの様な基本的で素朴な質問をしないままに、こういう記事出してしまうのだろうか?

今、本当に求められている通信技術とは?

ここ数十年で起こった「コンピューター技術」と「その能力を微小なスペースで実現する半導体技術」の進歩は、一昔前には想像もできなかった様な驚くべき能力を持った現在の「スマートフォン(スマホ)」や「タブレット」を生み出し、これが「膨大な量のメモリーを瞬時に検索し選別する能力をもったサーバー群(クラウド)」と高速通信で結びつくと、現時点で多くの人達の求めている事の殆どが、ほぼ確実に実現出来る様になる。

更に、この「クラウド技術」は、自ら学習して最適解を見出していく「ディープ・ラーニング」と呼ばれる最近話題の新技術と結びつくので、その能力を今後は更に幾何学級数的に高めていくだろう。

しかし、ここで問題なのは、この両者を結びつける「通信技術」が現状では未だ極めて脆弱だという事だ。端末とサーバーを常に光ケーブルで繋ぐ事が出来れば、全ての要求は最大限に満足させられるだろうが、この為には膨大な工事費が必要となるし、人間が最終的に手にする端末は、何にせよ無線でサポートされていなければならない。

確かに無線技術もここ数十年で格段の進歩を遂げた。しかし、まだまだやれていない仕事が山積している。特に大きいのは、特定の相手に対して自分が発信した情報を載せた電波が無駄に拡散して、「電力と周波数資源の無駄使い」になっているのみならず、他の人達に対して「雑音」となってしまっているという問題の解決だ。

総じて言えば、「信号」と「雑音」を切り分けるという通信技術の基本テーマの追求は、現時点で概ね理論上の上限値に近いたところまで到達している様に思えるが、電磁波そのものの物理的特性への切り込みは、未だ充分ではない様に思える。将来5Gと呼ばれる事になる技術開発の中心も、この辺りに集中されるだろうが、それは現在の技術開発の流れから言えばいわば当然の事で、特に大上段に振りかぶる必要もないと思う。

そもそも、何故通信の世界だけに、第三世代(3G)とか第四世代(4G)とかいう言葉が使われるのだろうか? 技術というものは常に進歩するものであり、その進歩のあり方には常に「改良」と「革新」が混じり合っている。この事は他の世界での技術と何も変わらない。

通信の場合は多くの人達が一つのシステムを共用出来るようにしなければならないので、万事に標準化がどうしても必要になる。だから「革新的な技術」を取り入れる場合には、特に「世界標準」を巡って大いに議論しなければならないのは当然だ。しかし、世界の標準化機関は常に休むことなく働いており、Releaseという言葉を使って、革新技術は次々に標準化されているのだから、あまり心配はいらない。

幸いにして、現在「5Gという呼び名」で呼ばれ始めた革新技術は、4Gに対して「後方互換性」を持つ、つまり一定期間並列的に運用され得ると考えられているので、この延長線上でスムーズに導入される事になるとは思うが、それならば、何故「世代」という言葉を使ってまで、その「革新性」を声高に喧伝する必要があるのかは若干疑問だ。

通信サービス改善の為に国が出来る事は多い

しかし、その一方で、世界中の通信事業者が抱えている大きな課題は、実は技術革新だけでは解決出来ないところにある。それは、むしろ国の政策でこそ解決すべき問題だ。

電磁波は容易に発生させる事が出来、その上に多くのデジタル信号を載せて空間を伝搬させる事が出来るが、周波数が高くなって光の性格に似てくると、遮蔽物を回りこむ事がどんどん難しくなるので、実際に利用できる周波数は限られている。つまり、その様に限られた周波数で伝搬できる情報の量は、限られてしまうという事だ。

そこで、今後は、種々の場所に集中する膨大な情報量を瞬時に伝播しようとすれば、利用者の端末との間で電磁波の発受信を行う「基地局(ノード)」というものを小型化して、数多くばら撒く必要が出てくる。そうすれば、同じ周波数を「場所を変えて繰り返して使う」事が出来るからだ。しかし、遮蔽物を避ける為に、基地局は一定以上の高さに位置する必要があるので、その場所を確保するのは容易ではない。

現在世界中で起こっている事は、この「設置場所」を押さえているビルのオーナーや専門業者が利用料を釣り上げており、それが通信料に大きく反映されているという問題だ。また数多い基地局の間をつなぐには光ケーブルの敷設も必要となるので、この施工費も巨額に及ぶ。皮肉な事に、革新的な情報通信サービスの恩恵を受ける利用者が支払うコストの多くの部分が、高度技術にではなく、不動産のコストや工事費に費やされてしまっているという事だ。

もし国が、現在の建築業法に若干手を入れて、「屋内での公衆通信用の配線管路の整備」や「屋上での各通信会社共用のアンテナの設置」を義務付けたりすれば、日本における通信環境全体を、オリンピックまでに世界でも断トツのレベルに引き上げるのは容易であるのみならず、通信料の引き下げにも大きく寄与する事になるだろう。

国中を走り回っている自動車についても同様で、もし車外に露出する高性能アンテナの装備が義務化出来れば、限られた周波数帯の運用効率は飛躍的に良くなる上に、自動車そのもののIoT化も促進され、これによって、「交通事故の激減」「燃費の節約」「交通渋滞の解消」等々にも大きな成果をあげる事が出来るだろう。

但し、この最後の問題については、種々の角度から更にきめ細かく議論される必要があるので、また機会に改めて議論させて頂く事にしたい。

PS

実を言うと、「政府による施策」は、発展途上国向けに考えたもので、日本ではもはや手遅れかもしれない。しかし、自動車関係は、まさに今ホットとなっている話題であり、政府の威令が一気に全国に行き渡る中国等では、テロ対策とも相まって、かなり早い時期に実現するかもしれない。