なぜスタートアップは日本に集まらないのか --- 小宮 自由

2016年05月20日 06:00

Paul Grahamが書いたエッセイに、「なぜスタートアップはアメリカに集まるのか非公式邦訳)」というものがある。ここには「アメリカはこうしているからスタートアップは集まる」という理由が列挙されているが、特に雇用や労働に関する指摘が印象的だった。以下、いくつかについてタイトルを抜粋し、日本の現状と対比する。

5. You Can Fire People in America.

日本は雇用規制が強く、大企業では会社の倒産が迫るほど経営が行き詰まらない限り、解雇ができない。追い出し部屋やいじめ、(特に中小企業やスタートアップで起こりうる)法令を無視した解雇は存在するが、いずれも非公式・違法なものであり、「それができるから日本は解雇が自由にできる」と胸を張って主張できるものではない。それだけ解雇は「あり得ないもの」として扱われており、解雇しただけで会社のイメージが落ちる。金銭に余裕のないスタートアップにとって、生産性の低い人員を解雇できないというのは致命的である。

6. In America Work Is Less Identified with Employment.

先ほどの意見と共通するところがあるが、日本人のほとんどは「同じ会社で長く働く」ことが良いと思っている。一般的に転職すると給与は下がるし、若いうちに3年程度で転職を繰り返しているとネガティブに捉えられる。従って、「自分の力を最も活かせる場所で挑戦したい」と考えている優秀な人々も、独立に踏み出せなかったりする。大企業に勤めている場合、この傾向は顕著だ。初期のスタートアップは人材が全てであるが、現状では多くの優秀な人材が企業で腕を鈍らせている。

10. America Has Dynamic Typing for Careers.

アメリカは職種が決まるまでの期間が長く、30歳から大学に入り直して職種を変更するのも普通だ。これに対し、日本は新卒一括採用なので、大学に入る時点でかなり職種は制限される。一応、文系がプログラマとして採用されたり、理系が営業職についたりする事例もあるが、それでも新卒(22歳)の段階で職種はほとんど確定する。仮にその職が向いていなくても、(大企業でもない限り)職種を変更すること自体が難しいので、結果として全体の生産性は下がる。これは働く企業のサイズに関しても同じことが言え、一度大企業に入ってしまったら、中小企業やスタートアップに転職するメリットは少ないし、逆はそもそもできない。このようにキャリアが厳しく制限されているので、当人が最も適正がある場所で働ける可能性が低くなり、当然スタートアップにもそれに適した人員が行きにくくなる。

この他には「気質」の違いが指摘されている。アメリカ人は起業家精神があるからスタートアップが多いとはよく言われる。しかしこれには著者は疑問を呈しており、「単に事例が少ないだけだ」と述べている。アメリカには起業に消極的だったり、野心はあるが考えが浅かったりした若者が周囲の支援によって世界企業を作り上げる経営者にまで育った事例が数多くある。近年の日本にはそういう事例がほとんどない。経営者に支援するより、大企業や既に成功している人に便乗しようとする傾向が強いからだ。そして日本ではスタートアップ経営者がとにかく尊敬されず、精神的にも経営者というキャリアを選びにくい。もちろんアメリカの全てのスタートアップ経営者が尊敬されているわけではないが、日本ではほとんどのスタートアップ経営者が尊敬されていない。結果としてアメリカより受けられる支援の量は物心ともに減る。

松下幸之助は、かつて成功の秘訣を聞かれた際に、「成功するまで諦めずに続けること」という趣旨の回答をした。諦めずに続ければ全員が成功するわけではないが、諦めずに続けようと前向きに思う人が多ければ成功者の数も増えるだろう。残念ながら今の日本はそういう環境ではない。もし政府がスタートアップを促進したいのであれば、雇用規制を緩和し、人々のキャリアに対する考えを変えるところから始めなければならない。

株式会社アットメディア 研究員
小宮 自由(こみや・じゆう)
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