花見酒経済を実演する財務省と日銀の悪酔い

異次元緩和の黒田節の鼻歌はいつまで

日銀の黒田総裁は、デフレ脱却の異次元緩和策に悪酔いを始めているようですね。金融政策頼みは限界に近づきつつあるという見方が一般的なのに、総裁は「できることはすべてやる」という姿勢をいまだに崩していません。

ここで思い出すのが、笠信太郎氏の名著「花見酒の経済」(昭和37年)です。高度成長期にあった日本経済の底の浅さを危ぶみ、落語の「花見酒経済」に喩え、その破たんを警告しました。二人の男が向島の花見客に酒を売って儲けようではないかと、酒樽を担いで歩きだします。行きつく前に、差しつ差さされつ、二人とも酔っ払って、着いた時には、酒樽を飲み干してしまっています。

今回の場合の向島は、「消費者物価上昇率2%」という脱デフレの地です。熊さんが麻生財務相、辰さんが黒田総裁でしょうか。落語では、熊さんが辰さんに「酒を売る」、次に辰さんも熊さんに「今度はおれが売ってやるから、さっきのカネを戻せ」。熊さんは受け取った所持金を辰さんに払う。これ延々と続け、同じ酒代がいったりきたりするうちに、互いに損はしていないつもりなのに、酒はどんどん減り、底をついたのです。つまり国債の全量消化です。

支払いが政府と日銀を行ったり来たり

お互いに支払い義務は果たしています。支払い義務を果たしているうちに、酒はなくっていきます。所持金はいったり来たりだけですから、売り上げ、つまり儲けはありません。日銀と財務省が利払い費をやりとりしている「異次元緩和」と、どこか似ていませんか。酒は、日銀が財務省(政府)から買う長期国債です。

日銀が財務省から買った国債は3月末残高で350兆円で、3年間で3倍になりました。日経新聞(21日)によると、15年度の利息収入は1.3兆円だそうです。いろいろな経費を差し引いて、残った最終利益(剰余金)から毎年、政府に国庫納付金を払っています。利息収入を国に戻しているようなものです。もっとも将来の損失発生に備えて、4500億円の引き当て金を15年度は積みますので、国庫納付金は4000億円(14年度は7500億円)にとどまるそうです。

単純にいえば、日銀の異次元緩和のおかげで、政府は超低利の国債を発行できるようになり、しかも日銀に支払った利息のかなりの部分は国庫納付金といいう形で国庫に還流します。国庫のやりくりは楽で、財政危機の悪化(国債発行残高の増加)を気にしないで、どんどん国債を発行してしまうのです。

コスト意識がなく、たらふく酒(国債)を浴びる

ここが花見酒経済に似ているのです。辰さん(黒田氏)が熊さん(麻生氏)から利息(酒代)をもらって、国債(酒)を買います。辰さん(黒田さん)のふところに利息は収まるものの、年度末には経費を差し引き、国庫納付金という形で、熊さん(麻生さん)のふところに戻ります。熊さん(麻生さん)は戻ってきた金を辰さん(黒田さん)に払って、また国債を発行する際の利払い費にします。こうしたキャッチボールがいつまでも続き、しかも国債の全量が消化されるのです。

支払いのことなどもう頭になく、毎年、国債の発行残高が急増していくのです。つまり政府、日銀を一体で考えると、たらふく樽の酒(国債)を飲み込んでしまったことになります。これだけ飲めば、いい気分(インフレ状態)になるのに、そうはなりません。そこで「もっと飲め飲め」と、政府が国債を発行し、日銀が購入している姿が現状でしょうか。

金利1%上昇で日銀は20兆円の損失

日銀が飲み込んだ酒は、そのうちに品質が劣化(国債金利の上昇・価格の低下)するかもしれません。それに備えたのが日経紙が触れた「引当金4500億円)」で、将来の損失に備えた積み立てです。その分だけ利益が減り、国庫納付金が少なくなりますので、国の歳入減となります。その被害者は国民です。残高が1000兆円を超す長期国債には、将来、まず巨額の損失が発生します。長期金利が1%、上昇(価格下落)するだけで日銀の保有国債の時価は20兆円も減るそうです。損は国民に降りかかってきます。

日銀が毎年80兆円もの国債を買い続けていくと、いずれ1000兆円の全量が日銀保有となりかねません。花見酒経済の行きつく果てです。経済がデフレ脱却、成長経済への復帰、税収の増加、国債の償還という好循環に入らない限り、恐ろしげな展開が待ち構えています。ですから「金融政策に依存したデフレ対策は限界点にある」という指摘が目立ってきているのです。長期的な危機意識があるのなら、金融緩和はここらで止めて、追加緩和などすべきでありません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年5月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。