従業員はどこまで減らされるのか?

2016年05月25日 10:39

かつて従業員はそれなりに余裕があり、人海戦術に頼ることも往々にしてありました。今、その従業員はあちらこちらで少しずつ減っていきます。この世界は一体どこに向かうのでしょうか?

私がカナダで不動産開発事業をしていた時、チームはほぼ3人で推進していました。トップと現場担当と販売や法務など事務方を担当する3人です。日本の不動産開発では絶対にありえない少人数主義を95年から貫いていました。では実際にその仕事をどうこなしていたのか、といえば事業ごと、分野ごとに専門家や業者と契約し、それぞれの分野で第一人者を集めることで最高水準の仕事を達成するのです。

なぜ、日本式にプロジェクトに何人も何十人も投入しなかったか、といえば人件費の問題もありますが、それ以上にカナダの右も左も分からない日本人を雇う理由が一つもなかったし、成果ベースの専門家との契約ならば成果が出なければさっさと契約破棄して他の会社に乗り移ることが出来る気軽さがありました。ドライと思われるでしょうが、3人のオリジナルチームのうち二人はアメリカに長く、残り一人は私でしたから完全北米スタイルがうまく機能したとも言えます。

今、私の会社は現場スタッフを別にすると私を入れて2人で管理しています。3人で不動産事業をやっていた時は円ベースで年間売り上げ20億円以上こなしていたわけですから今の数億円規模なら全く無理はありません。但し、3人でやっていた時は外注が主体でしたが現在は自前で作業することが半分以上である点は相違します。例えば経理は通常、どの会社でも一人から数人抱える重要部署。ところが私のところは経理ソフトで我々2人の片手間作業で終わります。

90年代と今の最大の違いはテクノロジーの発達、部品や製品の飛躍的発達と価格の下落、コンピューター化に情報検索のしやすさでしょう。かつての少人数業務とはコーディネーター的発想でしたが、今は少人数ながらも専門的認識と細かい現場作業の積み上げを経験値として取り込めるようになったということでしょう。

私どもの業務の一つである駐車場運営も徐々に機械化が進んできています。駐車場の料金徴収係は一部の商業ビルなどを除き、本当に少なくなってきました。料金取り損ないの損失より人件費の方がはるかに高いということです。(日本の機械式駐車場は原則こちらの法律に適合しないため、自販機で駐車券を自発的に買うという仕組みです。)

そういえばバンクーバーの通勤用鉄道の駅では最近、ようやく自動改札がフル機能をスタートさせました。今までは違反者を取り締まる鉄道会社の社員や警察が多かったのですが、これからは減るのでしょう。

ホテルからの請負業務をしていて思うことは例えばフロントなりサービスマネージャーなりがお客様に説明する内容が人によりバラバラ、中には事実と異なることもごく普通にあるということでしょうか?つまり、人海戦術的な性格であるホテルを含むサービス業の場合、情報の理解度が従業員でもまちまちでそれが混乱をきたす原因になっています。ところがトップにそれを直訴すると「それはマネージャーに任せているから全く把握していない」という脇の甘さがあります。

私が取引しているあるカナダの銀行。取引額が小さいので気にしていなかったのですが、最近、月次取引明細をみてびっくり。なぜならこの1年、全く取引をしていないのにこのふた月だけでも5-6件の知らぬ取引。多くは入金で銀行側が間違いに気が付いた場合はかなり時間が経ってから勝手に差し引かれるのですが、放置されているものも多く、基本的にこの1年で残高が数百万円ほど増えています。(私は引き出して盗んだりはしませんが危険でしょうね。)

先月もこの銀行のマネージャーにクレームしたばかりなのですが理由は銀行の各支店の端末からの入金処理ミス。日本では考えられない事態ですが、この10年、この間違いは一度も改善されたことがありません。これも人の処理ミスから来ているものです。私ならこれを解決するのにまず私の口座を違う口座番号に移設してみるのですがこの銀行はアクションを起こす気すらなさそうです。

人を雇うことは作業ムラ、理解度ムラ、習熟度ムラなどバラバラなレベルをいかに揃えるかにかかっています。アメリカでは様々な手法で社内教育に相当の時間をかけてきました。が、私はこのスタイルはもう続かない気がします。スターバックスは従業員のコーヒーの知識、技量に多大なる資金を投入していますが、それなら自動で美味しいコーヒーが出来るマシンを作った方が早いでしょう。かつてはそういう発想をしませんでした。が、今の自動コーヒー抽出器のレベルは上がっています。長蛇の列でようやく手にしたコーヒーカップを持ってオフィスに行くという朝の風景自体がナンセンスな時代です。

世の中は生き残れる人とそうではない人が出てきます。そして残念なことに多くの中高年層はこの時代の変化のギャップについて行けず、いやおうなしに労働市場の片隅に追いやられることがより進むのでしょうか。また、若年も機械に飲み込まれてしまっている人がほとんどです。機械に使われる人間には私はなりたくないですね。このままでは私の存在意義は機械以下になるという危機感が私を奮い立たせます。

では今日はこのぐらいで。

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