【映画評】教授のおかしな妄想殺人

Irrational Man
夏の日差しがきらめくアメリカ東部の大学に赴任してきた哲学科教授のエイブは、人生の意味を見失って無気力な闇の中で生きていた。ある日、悪徳判事の噂を耳にしたエイブは、自らの手でその判事を殺すという完全犯罪に夢中になる。この妄想は、エイブに生きる活力を与え、みるみる前向きに変わっていく。一方、そんなエイブの頭の中など知るはずもない女子学生ジルは、エイブに対する恋心を募らせていくが…。

 

人生における不条理を独特のブラックな笑いで描く「教授のおかしな妄想殺人」。毎年1本、律儀に届くウディ・アレンの新作だ。近年のアレン作品では「ミッドナイト・イン・パリ」と「ブルー・ジャスミン」が最高の出来なので、どうしても他作品は軽すぎ、甘すぎ、ユルすぎで見劣りがしてしまう。本作もそんな1本。「マッチポイント」ばりのサスペンスなのだが、テイストはあくまでもコミカルでライト感覚。どちらかというと「重罪と軽罪」に近いだろう。

ダメダメな人生をおくるインテリ男というのは、アレン作品ではおなじみの主人公だが、それをホアキン・フェニックスが演じているのが、ちょっと意外だ。アレン作品にフィットしているかどうかは微妙なのだが、何しろこの俳優は何を演じさせても上手い。妻に裏切られ、友情も壊れ、対人関係に疲れ果てた無気力な哲学教授が到達したのは「人生は無意味である」という結論だった。長年の経験に基づく、この哲学的な思考は、思いつきにすぎない完全犯罪とは矛盾するものなのだが、エイブ役のホアキンの異様な存在感でいつのまにか納得させられてしまう。

そんなエイブも小さな懐中電灯の前にひれ伏すしかないという不条理…というか悲喜劇が、アイロニカルなアレン節ということなのだろう。さてさて、プロフェッサーの妄想殺人の顛末とは…。それにしてもホアキンの腹の出っぱり具合に、唖然。カメレオン俳優の名に恥じない変貌ぶりだった。

【55点】
(原題「IRRATIONAL MAN」)
(アメリカ/ウディ・アレン監督/ホアキン・フェニックス、エマ・ストーン、パーカー・ポージー、他)
(シニカル度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年6月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。