【映画評】二重生活

二重生活 (角川文庫)

大学院に通う25歳の珠は、恩師・篠原の提案で、修士論文のテーマに“哲学的・文学的尾行”を選ぶ。理由なき尾行をすることで、人間の存在意義を解き明かすのが目的だ。珠は、近所の豪邸に住む既婚男性・石坂を尾行の対象に選ぶ。仕事もできて家庭を大切にしているように見えた石坂には、愛人がいて、密会を繰り返していた。彼の秘密を知った珠の心は高揚し、異常なほど尾行という行為にのめりこんでいくが、同時にさまざまな疑念にとらわれてしまう…。

尾行によって自らの内面を見つめることになるヒロインの心情を描く異色のドラマ「二重生活」。原作は、直木賞作家の小池真理子の小説だ。哲学的・文学的尾行というのは、フランスの女性アーティスト、ソフィ・カルの「本当の話」の中で、客観的と主観的にみた自分の相違について論じられているそうである。だがヒロインの珠がそのテーマに特に関心を持っていたわけではなく、当然、尾行のテクニックも稚拙なため、すぐにボロが出てしまう。尾行によって明らかになる秘密やそこから生じる出来事・事件は重要ではない。他人の秘密を知ったことで、自分自身の内面がさらけだされてしまったヒロインの変化が、この小さなな“冒険物語”のキモなのだ。珠は尾行の過程で、ある修羅場に遭遇し、石坂と語り合うことになる。

同棲中の恋人への疑いや、自らの幼少期のトラウマなど、珠自身にも問題があり、心のすべてをさらけ出せる相手が、愛している恋人ではなく、尾行相手の石坂だったというのは皮肉な話だ。もっとも、この底の浅い尾行行為に、哲学や文学の意義はまったく感じない。思わせぶりな小道具や場面が伏線として回収されておらず、消化不良に陥る点もモヤモヤが残ってしまう。多分に妄想系のストーリーにはノレないものの、最近、すっかり売れっ子女優になった門脇麦の繊細な演技は素晴らしく、手持ちカメラによる長回しの映像によって、珠と一緒に禁断の尾行に同行しているような錯覚を覚えた。

【50点】
(原題「二重生活」)
(日本/監督/門脇麦、長谷川博己、菅田将暉、他)

(哲学度:★☆☆☆☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年7月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。