「EU国民」はそもそも存在するのか

2016年07月15日 11:47

「あなたはヨーロッパ人ですか。それともイギリス人ですか」と聞かれた場合、欧州連合(EU)残留派の英国民もやはり後者と答える人が多いだろう。ブリュッセルのEU指導者たちは事ある度に「欧州国民」と呼ぶが、加盟国の国民の多くは欧州国民というより、まず自国の国民意識の方が強い。そもそも欧州国民は存在するのだろうか。イエスならば、欧州国民のアイデンティティは何か?だ。

欧州の近代史をみると、民族とは関係なく架空の国籍が存在してきた。一つは「ソ連人」だ。次に「ユーゴスラビア人」だ。いずれも多様な民族を内包する一方、その民族、歴史とは直接関係のない国名の下で集合した国家だった。それ故にというか、両者とも既に消滅した。

「ソ連」は民族の壁を超えたインターナショナル主義を標榜した共産主義社会を意味した。労働者の天国を豪語したソ連は理想国家の称号だった。しかし、ゴルバチョフ大統領が出現し、民主化が進められた結果、ソ連は解体され、各共和国が独立していった。ソ連という称号も歴史上から消えていった。

「ユーゴスラビア」という国名も同様の運命を辿った。ソ連に対抗したチトー大統領がユーゴスラビア連邦を建設し、独自の自主管理経済システムを進めていった。同連邦もスロベニアとクロアチア両共和国が独立宣言し、ユーゴ連邦から離脱していった後、解体していった。ユーゴ人と言う国籍も消えていった。

ソ連、ユーゴに続く第3の架空国名「欧州国民」はどうだろうか。EUには現在、27カ国が加盟している。共通市場、単一通貨などを目標に統合プロセスを進めてきたが、英国が6月23日、EU離脱を問う国民投票で離脱を決定したばかりだ。英国のEU離脱決定が欧州の解体の始まりとなるか、現時点では不明だ。EU離脱決定に基づき、英国はメイ新首相のもと、ブリュッセル側と離脱交渉を始める。英国ばかりかEU側にとっても加盟国の離脱交渉は初体験だけに、交渉プロセスでどのようなハプニングが生じるか分からない。

EU解体の兆しは旧東欧諸国の加盟国で既に見られる。例えば、ドイツでは極右勢力「ドイツの為の選択肢」(AfD)が台頭しているが、チェコでも来年を目指して「チェコの為の選択肢」(IPC)の創設が進められている。新党の指導者、社会学者 Petr Hampl氏は、「多文化主義と欧州のイスラム教化を阻止し、欧州連合が変わらない限り、EU離脱(Czexit)も辞さない」という声明文を公表している。同国のミロシュ・ゼマン大統領は、「EUの無意味な政策が英国のEU離脱を誘発した」と述べている。チェコは伝統的にブリュッセル主導のEUに対しては常に懐疑的だった。

チェコの隣国スロバキアでは極右派グループ「われらのスロバキア」(LSNS)がEU離脱の署名運動を開始した。同党は、「スロバキアも欧州のタイタニック号から降りる時を迎えている」と主張している。

ハンガリーのオルバン首相は、「英国の離脱で明らかになったようにEUは加盟国の関心を土台に運営されるべきで、ブリュッセル主導ではない」と従来の主張を繰り返した。ハンガリーのメディアによれば、同国は10月2日、中東や北アフリカからの難民を加盟国が分担して受け入れるEU計画の是非を問う国民投票を実施する予定だ。オルバン首相のEU揺さぶり戦略だ。

旧東欧加盟国の中にEU懐疑派が多いのは偶然ではない。彼らはソ連主導の共産主義社会を体験し、共産主義が標榜する国際主義が偽善であったことを体験してきた。主権国家を超えたスーパー・ネーションが主導する機構に対し本能的に拒絶反応を示すわけだ。

「EU」は主権国家を超えた超国家共同体だ。「EU」という概念がEU国民の間に完全に定着し、受け入れられるまでには時間が必要だろう。共通外交やユーロ通貨の導入は統合への手段だが、それだけでは十分ではない。多民族の寄せ集め集団のEUを網羅できるアイデンティティが必要となる。ソビエト連邦では共産主義思想が一応その役割を担っていた。

EUの場合はどうだろうか。キリスト教価値観が加盟国を結合させる価値観になる場合、イスラム教国・トルコの将来のEU加盟は考えられなくなる。EUの拡大政策はそのアイデンティティを希薄化させ、加盟国間の結束を弱める。キリスト教価値観としても、北欧のプロテスタント、中欧、南欧のローマ・カトリック、英国国教会、そしてバルカン諸国の正教圏といった具合で、その中身はかなり異なってくる。

EUの拡大政策の結果、その本来のアイデンティティは希薄化され、加盟国間の結束は弱まってきている。欧州国民、欧州人が近い将来、定着するか、ソ連人、ユーゴ人と同様の運命を辿るか、EUは文字通り、大きな正念場を迎えているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年7月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

 

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