懸念される米国とトルコ両国関係

トルコ国軍の一部が15日、クーデターを実行し、イスタンブールとアンカラの政府関連施設や主要橋を占領したが、休暇でエーゲ海沿いのトルコ南西部マルマラスにいたエルドアン大統領はスマートフォンなどを通じて支持者や国民に抵抗を呼びかけた結果、16日に入るとクーデター派は頓挫し、政府側はクーデター派を鎮圧したと表明した。

トルコは地理的にもオリエント(東洋)とオクシデント(西洋)の2つの世界の中間点に位置する。当方も国際会議の取材のためトルコ最大の都市イスタンブールを訪ねたことがある。ホテルからボスポラス海峡を眺めながら、両世界の接点の街風景を堪能した。

トルコは1952年以来、イスラム教国の初の北大西洋条約機構(NATO)加盟国として重要な役割を果たしてきた。それだけに、トルコの政情不安が長期化すれば、イスラム過激組織「イスラム国」(IS)との戦いに支障が懸念される。

具体的には、米国とトルコ両国関係の悪化だ。エルドアン大統領はクーデター蜂起の主体勢力は、米国に亡命中のイスラム指導者ギュレン師と名指しで批判し、米国政府に同師の引き渡しを要求している。それに対し、ケリー国務長官は、「同師がクーデターに関与したという明確な証拠がない限り難しい」と答えたという。

トルコ政府はインジルリク空軍基地の米軍利用を拒否している。同空軍基地は米軍とトルコ空軍が共同利用し、対IS空爆での重要拠点だ。その空域を閉鎖し、米空軍の利用を拒んでいるのだ。ワシントンで開催された第4回核安保サミット(3月31日~4月1日)ではオバマ大統領はエルドアン大統領との公式会談を避けるなど、米・トルコ両国関係はここにきて悪化している。

興味深い点は、米・トルコ関係の悪化とは好対照に、トルコとロシア両国関係に正常化の動きが見られることだ。トルコ空軍のF16戦闘機が昨年11月24日、トルコ・シリアの国境近くでロシア空軍戦闘機がトルコ領空を侵犯したとしてロシア戦闘機を撃墜したことから、ロシアとトルコ両国関係は険悪化してきた。エルドアン大統領が先月、ロシアのプーチン大統領宛てに書簡を送り、謝罪表明したことで、両国関係は正常化に向けて動き出してきた。

米国内でもエルドアン大統領の権威主義、独裁的政治に強い抵抗がある。欧州もトルコに対しては厳しい。難民・移民政策でトルコ側の要求に応じたドイツのメルケル首相は欧州連合(EU)への査証自由化などのトルコ側の要求に対し、他の欧州諸国から激しい抵抗にあっている、といった具合だ。

クーデターが短期間で失敗したことについて、欧米の軍事専門家は、「クーデター計画としては軽率で準備不足な感じがする」と指摘している。エルドアン大統領は今年8月、軍部指導部の大幅な人事を実行するといわれてきたことから、人事で左遷させられる可能性のある軍幹部たちが早急に立ち上がってクーデターを実施したという憶測が聞かれる。その一方、クーデター計画は軍部を掌握し権力を強固にしたいエルドアン大統領の“自作自演”ではなかったか、という情報まで流れている。

欧米の軍事専門家は、「トルコでは過去3回、クーデターは起きたが、軍の反乱は基本的には早朝、国民が目を覚ます前に主要施設や政府関連施設を占領するが、今回のクーデターは夜になって始まった」と指摘し、首を傾げている。

ちなみに、トルコ当局は17日現在、クーデターに関与した疑いがあるとして、軍司令官や憲法裁判所判事らを含む約6000人を拘束したという。エルドアン大統領側の対応の迅速さが目立つ。

ところで、米国、欧州諸国、日本など主要国がトルコのクーデター事件を批判し、現トルコ指導部を支持する声明を早々と発表した。民主的に選出された政府がクーデターで打倒されることを許すわけにはいかないからだ。ただし、クーデターを抑えたエルドアン大統領が今後、益々強権政治を実施する可能性があることから、国際社会はクーデター派を批判することでエルドアン大統領に独裁者への道を開いたことにもなるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年7月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。