英国の若者目線から見た“Brexit” --- 神谷 匠蔵

寄稿

先月23日に英国で行われたEU離脱を決める国民投票。様々な憶測や予想が飛び交う中、世界中の新聞やテレビ等の大メディアを通して多数の著名人や財界人が残留支持を表明していたにも関わらず、大方の予想を裏切って勝利したのは離脱派だった。イギリスの若者はこれをどう見ているのだろうか。

離脱派勝利直後の経済的影響と財界の残留支持

投票結果を受けて、投機筋は英国経済の今後の先行きを懸念しポンドは急落、七月も終わりに近づいた現在(英国時間7月27日午後)でも一ポンド138円前後以下の水準に留まっている。去年の同時期には一ポンド191-194円であり、国民投票の決定というたったひとつの出来事がもたらした経済的影響がいかに大きかったかは為替レートを見るだけでもはっきりしている。

一方で、離脱に決まればある程度の経済的影響が出ることは投票のずっと前から誰もが予想していたことでもある。実際に、銀行などの金融機関の多くは万一に備えてリスクヘッジを予め行っていた。また、そのような受動的な対策のみに留まらず、財界の一部はより積極的に残留支持派に対し経済的支援を行っていた。

これを受けてか否か、BBCやガーディアンなどの中道(リベラル系を含む)や左派系の大メディアを中心に残留支持寄りの報道や、離脱派に対し批判的な記事などがインターネット上にも多数出回り、もはやメディア上のみならず私的な会話という場面でさえ公然と離脱支持を表明することが憚られるような雰囲気がイギリス国内で醸成されていた。

若者の残留支持と政治的無関心の共存

にも拘らず、蓋を開けてみれば結局勝利したのは離脱派だった。これはどういうことなのか。今回は若者の動向という点に眼を向けて考察してみたい。インデペンデント紙によれば、実は18歳から24歳までの「若者層」(イギリスでは既に18歳から選挙権がある)の投票率はわずか36%だったと推定されている。確かに「若者」の数は「大人」や「高齢者」に比べれば圧倒的に少ないとはいえ、国民全体の投票率が72%を超えているにも関わらず最も残留支持率の高い若者世代の投票率が平均投票率の約半分程度に留まっているというのは、ごくわずかな僅差で勝利した離脱派に有利に働いたと考えられるだろう。実際私の周りの「若者」の間で離脱派支持の人というのはほとんど皆無で、事実上全学生が残留支持しているも同然との印象を持っていた。ところが実際に投票へ行くかどうかという話になると、「忙しいしどうせ離脱派が勝つなんてことは多分ない」というような具合に消極的な人が結構多かったのである。

日本でのイメージと実際のイギリス

日本での報道を見ていると時折まるでイギリスの(白人の)若年層がいまだに人種差別主義的な傾向があるかのような印象を与えるものも見受けられる。しかし私の印象では事実はその正反対だ。日本では過去の経験などからヨーロッパでは未だに人種差別が横行しており白人は非白人を心のどこかで見下しているというような見方をする人も少なくない。しかし少なくとも現在ではヨーロッパ人、特にイギリス人の若者は「レイシズム」という概念に非常に敏感になっている。それだけではない。反レイシズムの思想的中心には「自分の価値観を押し付けたり絶対化してはならない」という寛容の精神がある。

それをさらに拡大させ「人間の価値観を絶対化してはならない」、果ては「生物の価値観を絶対化してはならない」というところまで進み、動物の権利、植物の権利、あるいは人工知能や人型ロボットの「人権」をも尊重しなければならないという考えが広がりつつあるのである。人間による「経済動物に対する差別」にさえ憤り、一切の肉食を絶っている若者たちが今更堂々と人種差別を正当化したりすることなどあり得るだろうか。少なくとも若いイギリス人達はそうは考えていない。

つまり、イギリスの若者の大多数は「今の時代にEU離脱を支持するような“レイシスト”がこの英国内にそんなにたくさんいるはずがない」と信じて疑わなかった。だからこそわざわざ投票に行かなくても「離脱」に決まるはずがないと考えたのである。彼らはそもそもこの国民投票が実施されてしまったこと自体に心底幻滅しており、「バカバカしい」とさえいう人もいたくらいなのである。

日本との差異

このように投票データを私のイギリスでの体験と印象に基づいて読んでいくと、日本とイギリスの「若者」の間にはやはり大きな違いがあることに改めて気づかされる。確かに、投票率の低さだけを見れば日英間に何も違いがないかのように見える。しかしその背景が全く異なっている。日本には「どうせ何も変えられない」という諦念のようなものが若者に広がっているのに対し、イギリスでは反対に「この素晴らしい現状を改悪しようとする人なんてもういないはず」という性善説的な楽観が広がりすぎていたのだ。この性善説を裏切られたからこその「憤り」であり、それは単に「無責任」なものではなく、むしろ若者が声を大にしなければEUに留まることさえできないという現状そのものが受け入れがたいというのが若者の本音であろう。

まとめ

若者の投票率の低さというのは先進国共通の問題である。しかしその背景にあるものは、文化や歴史的背景の違いのみならず、選挙や国民投票の内容ごとに微妙に異なっている。この点によく注意すれば、世界で何が起こっているかがよりよく見えてくるかもしれない。今回の私の記事が少しでもその助けになれば幸いである。

神谷匠蔵     ダラム大学(英国)哲学部哲学科