政権が消え、アジェンダが残る

2016年08月04日 11:30

サッカー試合で90分間、ゴールのない試合を見ているほど面白くないものはない。もちろん、無ゴールでも緊迫するいい試合もたまにはあるが、ファンは相手選手のデフェンスをくぐりぬけゴールするシーンを見たいのだ。
選挙が実施されたが、選挙後、新政権が発足できない状況が長期化し、結局は再選挙となるケースが出てきた。民主主義の要である選挙の結果が出てこない状況は、サッカーの無得点試合のように、有権者を不満足な思いにさせる。投票した有権者にとって「何のために投票したのか」という思いになってしまうからだ。選挙も一種の戦いだから、勝敗が決まらないと面白くない。

2010~11年のベルギーの総選挙後、ブリュッセルでは541日間、新政権が誕生しないといった政治の空白期が生まれたことはまだ記憶に新しい。当方の住むオーストリアでは4月と5月に大統領選が実施されたが、2人の候補者で争った決選投票では得票率がほぼ50%と同率で、投票の集計段階で違法な点が見つかり、結局は10月2日に選挙をやり直すことになったばかりだ。スペインでも昨年12月の総選挙で連立工作が不調に終わり、今年6月に総選挙が再実施されたが、新政権の発足の見通しは目下、立っていない状況だ。

選挙をすれば、得票率の差から第1党、第2党、第3党が出てくるが、安定政権を樹立するためには議会の過半数を占める連立政権が不可欠だ。その過半数政権が樹立できない場合、第1党が単独少数政権を発足するか、選挙を再度実施するかの選択を迫られる。前者の場合、野党から不信任案が提出されれば、少数政権はすぐに解散に追い込まれる。だから、どうしても後者の選択を取り、再選挙の実施ということになる。「一党が過半数を獲得するといったことは現在の政界ではもはや夢に過ぎなくなった」とオーストリアの与党関係者が語っていた。

ドイツやその隣国オーストリアでは「キリスト教民主同盟」(国民党)と社会民主党が交互に政権を取り、時には2大連立政権を樹立して政権を担当してきた。英国でも労働党と保守党、米国では民主党と共和党の2大政党が政権を掌握するケースが続いてきたが、価値観の多様化もあって、ここにきて新党が雨後のタケノコのごとく結成されてきた。同時に、2大政党だけでは有権者の過半数を獲得できないという状況が生まれてきた。

だから、3党連立政権、4党連立政権といった多党連立政権が生まれてくる。その結果、政情は複雑化するし不安定ともなる。3党連立政権から1党でも政権離脱した場合、政権はその時に崩壊せざるを得ない。それだけではない。無党派が増えてきている。どの既成政党も支持しない有権者が増えてきたのだ。

オーストリアの大統領決選投票では、極右派候補者を当選させないために、本来は保守的な多くの有権者が左派の「緑の党」元党首に投票せざるを得なくなった。消却法による投票だ。自身の立場に近い候補者がいないので、最悪を避けるために自身の見解とは大きく違う候補者に投票する、といった選択だ。同じように、国際的孤立を招く危険性のある米共和党のトランプ氏を大統領にしないために、本来は共和党支持者が左傾化が著しい民主党大統領候補者のクリントン氏に投票するような状況もそうだろう。消却法の投票では、有権者は満足できないだろうし、不満が残るだけだ。

多分、近い将来はアジェンダごとに連立する政権の組み合わせが変わり、政治を主導する、といった状況が生まれてくるのではないか。議題ごとに過半数が構築されるから、従来の政党、政権といった概念は時間の経過と共に消滅していく。選挙で第1党から選ばれた首相は政党間の調停役を果たし、外相は無党派の外交専門家が就任し、他の閣僚はその分野の専門家から構成される。選挙で安定政権が誕生し、与党が国家運営を任された時代は去り、アジェンダ主導の政治と専門家の組み合わせだ。

民主主義下の選挙は多様化時代とインターネット時代の到来で従来の決定力を失ってきた。新しい時代に呼応した選挙システムと政治体制が求められているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年8月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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