【映画評】神様の思し召し

2016年08月31日 06:00

心臓外科医のトンマーゾは腕利きだが傲慢な性格と毒舌で周囲から煙たがられていた。妻との仲は倦怠気味。冴えない男と結婚した長女は、ずぼらな性格。トンマーゾの期待は、医大に通う頭脳明晰な長男アンドレアだったが、ある日突然アンドレアが「神父になりたい」と告白する。表向きは平静を装うトンマーゾだったが、息子が慕う、派手なパフォーマンスでカリスマ的人気のピエトロ神父に洗脳されていると思い込み、信者を装ってピエトロ神父に接近。あっさりと正体がバレてしまうが、二人の間には不思議な友情が芽生える…。

傲慢な心臓外科医とムショ帰りのカリスマ神父という真逆の二人の友情を描くイタリア映画「神様の思し召し」。宣伝では仏映画の「最強のふたり」の笑いと涙を再び!とあるが、実際は、男二人の凸凹コンビという以外、特に共通性はない。エリートの天才外科医トンマーゾは、いつのまにか人生の意味を見失っていて、家族との間にできた溝にも気づかない。一方、ムショ帰りのカリスマ神父ピエトロは、信仰も生き方もすべてが型破りだ。真逆の二人が出会うことで巻き起こる騒動と、化学反応は、トンマーゾと彼の家族を変えていく…というのがストーリーの大筋。カトリックが日常のすみずみまで浸透しているイタリアらしい描写が多く、ピエトロ神父が神を身近に感じさせる説法で若者たちの心をつかんでいるのが面白い。

決して上から目線ではない神の存在を、自分が神であるかのごとくふるまう傲慢なトンマーゾにいかに信じさせるか。目に見えるものだけを信じるトンマーゾと、目に見えないもの(神)を信じて生きるピエトロ神父の関係性に重なっている。イタリア映画のコメディーらしい、いい意味での楽観主義、愛情を全肯定することで生まれる幸福の定義などは、ご都合主義ともいえる展開だ。それでも、トンマーゾが基本的に家族を第一に考え愛していること、そしてその家族の、笑えるほどポジティブな姿に、思わず微笑んでしまう。

意外だったのは、この映画のラストだ。トンマーゾとピエトロが遭遇する思いがけない運命とその結果の答えは、映画では明確に答えを示さない。豊かに実った果実は、時が熟すれば自然と落ちる。それが人生ということなのだろうか。
【60点】
(原題「GOD WILLING/SE DIO VUOLE」)
(イタリア/エドアルド・ファルコーネ監督/マルコ・ジャリーニ、アレッサンドロ・ガスマン、ラウラ・モランテ、他)
(家族愛度:★★★★☆)


編集部より:この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年8月29日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式YouTubeより)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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