M&A用語の歴史 その2

2016年09月11日 06:00

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マイケル・ダグラスが主役を務めた1987年公開のアメリカ映画、「ウォール街」をご存知の方も多いだろう。今回は、劇中でテレンス・スタンプが演じるラリー・ワイルドマン卿のモデルになったといわれているジェームズ・ゴールドスミス氏(James Michael “Jimmy” Goldsmith; 1933-1997)を中心に、当時のアメリカの買収実例を紹介したい。

アメリカの企業買収の実例

1986年の暮れ近く、乗っ取り屋としてその名をとどろかせていたイギリス人、ジェームズ・ゴールドスミス氏は、オハイオ州アクロンにある世界的な名門タイヤメーカー、グッドイヤー・タイヤ(Goodyear Tire)に一通の手紙を送った。

乗っ取り屋が名門企業にどんな手紙を送ったのか?

むろん、それは「脅迫状」である。

手紙のなかでゴールドスミス氏は、「グッドイヤー・タイヤの株式を買い占めて会社を乗っ取る」と声高に宣言した。

敵対的TOBによって、グッドイヤーの株式を買い占めるというのだ。この類の手紙はグリーンメールと呼ばれ、それまで派手な乗っ取り劇とは無縁な世界で平和に過ごしていたグッドイヤーの経営陣を震撼させた。

ゴールドスミス氏がこのような行動に出たのには十分な理由があった。なぜならグッドイヤーは業績好調で好財務であるにもかかわらず、株式市場での評価はそれに反して低かったのである。

株式市場とはそういうもので、株価は常に企業価値を正しく反映しているわけではない。かつてのニッポン放送がそうであったように、日本の株式市場にもこのような例は数多くある。

グッドイヤーのように好財務で割安株の会社は、乗っ取り屋にとっては格好のターゲットとなる。それはまるで蚤の市で「掘り出し物」を見つけ出すような感覚だ。企業買収の世界ではこのような会社はスリーピング・ビューティーと呼ばれている。

さて、グリーンメールを受け取り焦ったのはグッドイヤー経営陣だ。経営陣は敵対的買収を仕掛けられてからポイズン・ピルを検討したり、ホワイトナイトの出現を期待した。しかしこれらは対抗策としては決定力がなかった。(実際にニッポン放送が行おうとしたポイズン・ピルの実行(第三者割当増資)も、裁判所によって否認された。)

そこでグッドイヤーは、世間をあっと驚かせる対抗策をとったのである。その対抗策とは、「プライベタイゼーション(公開会社の非公開化)」である。

株式を上場しているということは、基本的には株主を選べない。相手が乗っ取り屋であろうが、反社会的な勢力であろうが、カネさえあれば誰がどの会社の株式を買おうが勝手だ。

グッドイヤーは自らの判断によって望んで上場廃止し、会社を非上場にしてしまった。

上場廃止にしてしまえば、ゴールドスミス氏からの敵対的買収を阻止できるばかりでなく、今後また現れるかもしれないほかの乗っ取り屋にも悩まされなくなるのだ。これにはゴールドスミス氏もそれを見守る聴衆にも「想定の範囲外」だったことだろう。

こうしてグッドイヤーは敵対的買収から身を守った。

しかし、敵もさるもの。ゴールドスミス氏は買収計画を断念したが、プライベタイゼーションの過程でグッドイヤーの株価が上昇したため、買い集めた株式を売却することで、相当の利益を得たのである。

グッドイヤーのプライベタイゼーションが終了した後、投資銀行のコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)などがこぞってNYシカゴにあったシティバンク、モルガン、チェースマンハッタン、バンクアメリカなどと組んで、以前にも増した勢いでLBOに乗り出してきた。

金融機関にとってLBOは大きな収益源となる。普段は利ざやの薄い融資しかできない優良企業に対し、LBOでカネを貸すときは利ざやが膨らむからだ。さらにアレンジメント・フィーやフロントエンド・フィーなどという名目の巨額の手数料収入にも事欠かなかったのである。

資金供給を行う金融機関にとって、敵対的買収は「おいしいビジネス」だった。そんな事情もあり、敵対的買収の裏側には、必ずといってよいほど糸を引いている投資銀行が存在していたのである。

【M&A用語解説】

グリーンメール(Green Mail)

「株を買い占めて会社を乗っ取るぞ!」と対象企業の経営陣を脅し、所有する株式を高値で買い取らせるための一種の脅迫状。これをしょっちゅうやる人をグリーンメーラー(Green Mailer)と呼ぶ。日本では小糸製作所の株式をトヨタに引き取らせたブーン・ピケンズ氏が有名。

スリーピング・ビューティー(Sleeping Beauty;眠れる森の美女)

資産や収益力が優良であるにもかかわらず、時価総額が低い評価になっているなど、買収メリットが大きく、かつ無用心に見える企業を指す。当時話題となったニッポン放送はフジテレビやポニーキャニオンなどの優良企業の株式を大量に保有していたにもかかわらず、それらの価値よりも時価総額の方が低い状態であった。その他、東宝が2011年に買収したTOBで+343.11%のプレミアムがついたコマ・スタジアムなどは、典型的なスリーピング・ビューティーであったといえる。

ポイズン・ピル(Poison Pill;毒薬条項)

敵対的買収に対し、自社を防衛する措置として(やむを得ず)既存株主に対して新株予約権を付与したり、従業員にストックオプションを与えたりしておくこと、またはこのようなことのできる条項を自社の定款に入れておくこと。敵対的買収を仕掛けられた際に新株予約権やストックオプションの行使、または行使の可能性により自社側株主の(潜在)株式数は増え、敵対する企業の買収コストが大きくなる。
行使されないままの状態で買収すればまさに腹に入った毒薬として作用し、買収後に過半数(マジョリティ)がひっくり返り、支配権がなくなってしまうといった事態も想定し得る。いまではこの毒薬条項は米国の主だった企業の過半数が導入しているといわれているが、米国での発動事例はまだない。

ホワイトナイト(White Knight;白馬の騎士)

元々はアーサー王伝説に出てくる英雄である。敵対的買収を仕掛けられた企業側に立つ有力な支援者のこと。ライブドア/ニッポン放送の騒動では、ソフトバンクがフジテレビ/ニッポン放送側に立つ友好的な株主として登場した。しかし、ホワイトナイトとて多額の出資をするわけで、それ相応のリターンを求めていると考えるのが妥当であり、通常ななんらかの意図があるはず。従って純粋な意味でのホワイトナイトは存在しないといえるだろう。

プライベタイゼーション(Privatization;公開会社の非公開化)

発行済み株式を大量に自社株買いしてその過半数を金庫株とする方法や、ペーパーカンパニーを設立し、その設立した会社がTOBをすることで、結果として自社を上場廃止とするもの。自社を非上場にすることで敵対的買収のターゲットとならないようにする究極の敵対的買収防衛策といえる。欧米ではそれほど珍しくない手法である。

(次回へ続く)

文:株式会社ストライク 鈴木伸雄
編:M&A Online編集部

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アゴラ編集部より:この記事は「M&A Online」2016年9月10日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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