日銀の総括的な検証が世界の国債市場を動揺させたきっかけに

久保田 博幸

9月20、21日の日銀の金融政策決定会合では総括的な検証の結果が公表される。日銀としては2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現することの 「ベネフィット」は大変大きいとしており(黒田総裁)、その旗を降ろすことは考えられず、量・質・金利の3つの次元による金融緩和政策に限界はないという のが引き続き建前としてある。

そのための戦術策も練ってくる可能性があるが、それよりも戦略そのものを練り直すことが大きな主題となるのではなかろうか。9月5日のきさらぎ会での黒 田総裁の講演「金融緩和政策の「総括的な検証」」においては「ベネフィット」と「コスト」との表現が使われている。これまでは「ベネフィット」ばかりが強 調されていたが、今回は「コスト」との表現が使われていた。

「マイナス金利が金融機関の収益に与える影響が相対的に大きい」とのコメントに加え、黒田総裁はマイナス金利が「経済活動に悪影響を及ぼす可能性には留意する必要があります。」と指摘している。

ただし、マイナス金利政策の撤回などは考えられず、その代わりに日銀が取る手段のひとつに結果として国債のイールドカーブのスティープ化を促す可能性が 存在すると市場参加者は読んだようである。マイナス金利政策決定後の国債のイールドカーブの急低下は日銀の想定以上であったことで、ここに修正を加えマイ ナス金利政策などによるコストを軽減させることが検証のひとつの目的となっている可能性があると。

イールドカーブのスティープ化は利ざやを大きくすることで銀行の収益を改善させる。10年債利回りあたりまで利回りがプラスとなれば国債を使った運用も 一息つける。長期、超長期債に投資家の売買が戻り、少しでも国債の流動性を回復させうる。日銀がこのようなことを目的としているのであれば、金融政策だけ で物価目標達成は可能との認識から、そこには金融機関を含めて民間の活力をもり立てる必要があることで、債券市場の流動性を含めて認識をあらためつつある ように思われる。

注意すべきことは日銀は今回、イールドカーブも自在に探れるかのような認識を示していたことである。日銀の金融政策で債券市場が自在にコントロールされ ているわけではなく、あくまで市場参加者の相場観と日銀の政策の方向性が合っていたということでしかないとの見方もできよう。ここに乖離が生じると債券市 場が波乱含みの様相となるリスクも当然存在する。

すでに日本のイールドカーブは9月に入りスティープ化が進んでいる。これにより10年債利回りはマイナス0.010%をつけ、ゼロ%まであと少しという ところまで利回りが回復した。そんな状況下、ここにきて今度は欧州の国債利回りが上昇し、日本よりも一足先にドイツの10年債利回りが9日にプラスに回復 していた。

8日のECB理事会では金融政策の現状維持を決定。ドラギ総裁は会合後の会見で、資産買入れ策の期限延長について議論しなかったと説明した。市場では来 年3月までの資産買入の時期を延長するのではとの期待が一部にあった。ドラギ総裁は資産買入れの円滑な実施を確実にするための選択肢を検討するよう指示し たとも発言しており、これの意味するところは、ECBの国債買入についても限界が見えており、何かしら買入対象の変更等を行わなければ期間延長も難しく なっているのではとの見方もできる。

これを受けてドイツなど欧州の国債が売られていたところに、9日にボストン連銀のローゼングレン総裁が利上げを長く待ち過ぎれば米経済が過熱する恐れが あるとの指摘したことで、9月20、21日のFOMCでの利上げの可能性が意識されて欧米市場に動揺が走った。9日のニューヨーク株式市場でダウ平均は大 きく下落し394ドル安となった。リスク回避の動きが強まったのであれば通常、国債は買われるが、今回は欧米の国債が大きく売られたことで市場が動揺した 格好となった。

FRBの利上げについてはイエレン議長やフッシャー副議長などの発言内容からは正常化路線は継続しており、それで年内利上げの可能性が高いと読むなら 12月ではなく9月の可能性の方が高いとみるべきではなかろうか。今月発表の経済指標が意識されて9月にもし利上げしをなかったならば、12月はその間の 経済指標がすべて予想以上にでもならない限り余計無理なものとなる。11月の大統領選挙結果次第では政治圧力を受ける懸念もある。これはトランプ氏でもク リントン氏でも同様であり、12日にはそのクリントン氏に近いとされるブレイナードFRB理事の講演がある。ブレイナード理事は利上げ慎重派であるが、そ の発言次第では市場がさらに利上げを織り込みにくる可能性もある。ただし、その市場の動揺が大きすぎる懸念もあり、このあたりどうバランスを取ってくるの かにも注目したい。

ここにきての日本と欧米の国債市場が動意を見せてきた背景には、日銀の総括的な検証に対する思惑による進み過ぎたイールドカーブの修正があった。それは 結局日銀の追加緩和に対する限界も示すことになり、それはECBも同様であることが意識された。FRBの正常化路線に変更はないはずが、市場は早期利上げ に懐疑的な見方をしていただけに、日欧の長期金利の上昇もあって、米債利回りも上昇圧力を強める格好となった。

リーマン・ショック、欧州の信用不安などにより異常なまでに押し下げられていた日米欧の長期金利が、ここにきて流れが変わろうとしている。その大きなきっかけとなった要因として、日銀の総括的な検証への思惑があったことも確かではなかろうか。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年9月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。