国家意識のない蓮舫代表は危険だ

2016年09月15日 17:22

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蓮舫氏。テレビより。笑いながら大問題に答える彼女の異様な思考がよく分からない。

日本の民進党の党首に15日、日本と中華民国の二重国籍を持つ蓮舫氏が就任した。彼女をめぐる国籍問題は深刻な様相になった。違法な二重国籍を放置し、国籍の管理さえできず、それをめぐって嘘を平気でつき続けた蓮舫氏が、野党第一党の党首になったのだ。アゴラでの報道を見れば、蓮舫氏の一連の発言の多くは「嘘」と描写していいだろう。

問題の異様さを考えるため、台湾の人々の国をめぐるアイデンティティの複雑さを示す、日本の絡んだ、2つのエピソードをまず紹介してみたい。

 戦争の時代、若者を苦しめた国籍の重み

岩里政男という台湾出身の京都帝大出の陸軍大尉が、旧日本帝国陸軍にいた。高射砲部隊に配属され東京の防空戦に参加した。兄は海軍の兵士としてフィリピンで戦死した。物静かで本ばかり読んでいたが人望があった。日本の敗戦後、台湾は戦勝国の中華民国に編入され、突如台湾省ができた。日本内地にいた台湾出身の将兵は日本人から中国人になった。彼らは動揺したが、岩里大尉の下にまとまり、彼が交渉して除隊し、民国政府が派遣した船で、台湾に帰れた。

台湾の港で進駐してきた民国軍の将兵がいた。みすぼらしく雑然とし、整然とした日本軍と雲泥の差があったという。台湾人の元日本軍将兵は、軽蔑の言葉を口にして、騒然となった。そのとき本を読んでいた岩里氏が立ち上がり「諸君、抗戦8年の苦難を経験した同胞に敬意を示すべきだ」と静かに諭した。将兵たちは、静かになったという。(「台湾海峡1949」(白水社、龍応台)より。このルポは何十人もの台湾の人の祖国をめぐる葛藤を聞き取り、描いた名作だと思う。)

この岩里氏は、李登輝元台湾総統(1923-)の若き日の姿だ。意外に思うかもしれない。李氏は行動が親日的で、その教養の根幹が日本にあるとの印象があるためだ。彼は決して無条件に日本を賛美する人ではいない。李氏は中国人としての意識をしっかり持つこと、そして若いころからバランス感覚と常識を持つ人物であることを、このエピソードは示すだろう。李氏は政治的自由が制限された台湾で農業学者としての経歴を歩むが、日本や米国への亡命、移住はしなかった。

もう一人、台湾人作家の邱永漢氏(1923−2012)がいる。日本で教育を受け東京帝大経済学部の助手だったが、敗戦後に台湾に帰国。ところが中国国民党が政治活動を弾圧する2・28事件(1948)に巻きこまれ、命からがら逃げ出した。日本では作家として活動。さらに日台で事業を行った。

「お金儲けは正しい」と、1960年代から各地で講演。その彼の発言は目立ち人気を集めた。彼のしたたかなのは、どんな講演でも、文書でも、日本人の前で日本をほめ称え続けたことだ。「なんで日本人は自国の悪口を言うのでしょう。命からがら逃げてきた私にとって、日本は天国でした」とテレビで言っていたことを覚えている。また台湾が1980年代、言論の自由を回復した後も、自分を弾圧し、怨みがあると思われる台湾政府への批判もしなかった。彼はビジネスで大成功したが、敵を作らなかったのがその理由の一つだろう。

けれども、面白いニュースがあった。亡くなった後で邱氏と遺族は20億円の遺産の申告漏れを日本の国税当局に指摘された。言い方によっては「脱税」だ。日本、台湾、香港に資産を分散して隠していた。金額の多さからみると生前から準備していたのだろう。彼は日本のことは愛していたが、日本政府に金を払う意思はなかった。

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華僑の意識、プラスにも、マイナスにも

2人の姿や、私の読書、少数ながら、中国人との交際の経験から一般化をすることは危険であると承知しているが、中国人の国をめぐる意識として次の傾向があるように思う。

中国人は国を信用しない。ユダヤ人のように人為的にとか、日本人のように集住によって単一民族意識を自然と抱くのと違って、ぼんやりと華人意識を持つ。

李氏のように国の意識を自ら強く持つ人、邱氏のように国とは距離を持つ人など、アイデンティティはさまざまだ。ただし、2人のように、バランス感覚や教養を持ち、複雑な思索や経験を経て、人格がまとまっていれば、とてもユニークで魅力的な個性になる。

ところで、私たちは蓮舫氏という、自称華人である異様な人物の姿と、その国籍をめぐるおかしな行動をみた。彼女には、先人たちのような、国をめぐる苦しみ、思索、思い入れがない。それどころか、それをめぐって嘘を平気でついた。弁解の中で「一つの中国」「日本にいる台湾人には中国法が適用される」と、台湾の国際的な存在を否定した。

華僑の家族愛は一般的に強く、彼女も台湾人の父親の愛、台湾への愛を言うが、嘘に聞こえる。愛しているなら、台湾の存在を、自分を守るために、否定はしない。

彼女はその場しのぎで葛藤と対決を避け、そして国のような巨大な存在を忌避する傾向がある。心理学用語では、こういう人物を「境界型人格」、つまり過剰な自己愛を背景にストレスを避け、状況によって場当たり的に変容するカメレオン型のパーソナリティを持つ人格というらしい。人間の思想の核に、民族や国を持つ人がいる。彼女にはそれを感じない。自己愛しか感じられないのだ。

軽薄な時代の軽薄な政治家、それでいいのか

李登輝氏らが過ごした1940年代のような、国家が大変な重さを持った時代は歴史の中に消えた。蓮舫氏は日本のバブルの時代にタレントとして社会に登場した。その彼女に国への真剣な思索を求めるのは無理だろう。緊張のない時代に生きる幸運、蓮舫氏のような人間でも政治家が務まる平和な日本を、日本人は幸福に思うべきなのだろう。

しかし、そのままでいいのだろうか。

個人として、蓮舫氏と彼女の支持者は法に触れなければ何をしても自由だ。一部華僑の特徴である国家意識のなさ、自己愛の強さ、それの現れであるずうずうしさは、国に頼らずしぶとくしたたかに生きるための強みになる。

しかし日本の政治では、日本の利益を追求し尽くす人を選びたい。残念ながら、日本をめぐる諸問題は逆に、内政でも、外交でも、国を意識せざるを得ない深刻なものになっている。日本の財政破綻の危機、中国・韓国による領土の侵害、国際競争など、国益を追求しなければならない問題ばかりだ。

どうせ民進党と蓮舫党首は、国籍問題をはじめとする批判の中でつぶされていくだろう。しかし、その崩壊の過程でさまざまな悪影響をばらまく可能性がある。実際に、彼女の「一つの中国」という妄言が台湾の立法院(議会)で問題になり、微妙な外交上の蓄積を重ねた日台関係に現在進行形で悪影響が出ている。

幸いなことに、蓮舫氏の異様さと、それを党首に担いだ異様な政党である民進党の存在が、今回の国籍騒動で改めて、浮き彫りになった。私たち「普通の」日本人はそれを監視し、その人々が迷惑を広げないようにしなければならないだろう。

政治家とは、李登輝氏のように、自分の国の立場をしっかり守った上で、相手に敬意を持つ人こそ評価をされるはずだ。良き外国人であれば、したたかな華僑の邱永漢氏のように、日本も日本人も決して拒まない。政治家としての蓮舫氏は、健全な国家意識があれば、まったく問題にはならないが、それがないゆえに批判されているのだ。

蓮舫氏や日本の民進党のように、浮ついた、どこの国の政治家か、政党か、分からない人々を評価する必要はないし、それは危険だ。私は、日本の底力と人々の賢明さに確信を持っている。嘘つきをリーダーにするおかしなグループが、日本を壊すことを許すようなことは決してさせないはずだ。

(追記)邱永漢氏は日本国籍を1960年に取得していたので、日本に帰化していないという文章は削除した。台湾、香港の英国籍の保有は不明。また李登輝氏の日本名を間違えたので修正した。お詫びしたい。

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