新たな「民族の大移動」が始まった!

長谷川 良

私たちは大きな勘違いをしているのかもしれない。彼らは一時的な難民殺到ではなく、欧州全土を再び塗り替えるかもしれない人類の大移動の始めではないだろうか。以下、その説明だ。

▲記者会見で難民政策の修正を発表するメルケル独首相(2016年9月19日、CDUの公式サイトから)

▲記者会見で難民政策の修正を発表するメルケル独首相(2016年9月19日、CDUの公式サイトから)

メルケル独首相は19日、ベルリン市議会選の敗北を受け、記者会見で自身が進めてきた難民歓迎政策に問題があったことを初めて認め、「今後は『我々はできる』(Wir schaffen das)といった言葉を使用しない」と述べた。この発言は「難民ウエルカム政策」を推進してきたメルケル首相の政治的敗北宣言と受け取ることができるが、来年実施される連邦議会選への戦略的変更と考えることもできる。賢明なメルケル首相のことだから、当方は後者と受け取っている。

メルケル首相は昨年9月、「我々はできる」という言葉を発したが、それがメディアによって同首相の難民政策のキャッチフレーズのように報道されてきた。メルケル首相自身は、「自分は難民政策のキャッチフレーズとして恣意的に発言したことはない」と弁明している。

今月実施されたドイツ北東部の旧東独の州メクレンブルク・フォアポンメルン州議会選とベルリン市議会選の2度の選挙で与党「キリスト教民主同盟」(CDU)は大きく得票率を失ったが、その敗北の最大理由がメルケル首相の難民歓迎政策にあったことは誰の目にも明らかだ。メルメル首相も19日の記者会見でその点を認めている。

しかし、注目すべき点は、同首相は難民受け入れの最上限設定については依然拒否していることだ。首相が頑固だからではないだろう。難民受け入れで最上限を設定しないことはひょっとしたら正しいのかもしれない。なぜならば、どの国が「受け入れ難民数を事前に設定し、それを死守できるか」という点だ。堅持できない約束はしないほうがいい。

例えば、オーストリアはファイマン政権時代の1月20日、収容する難民の最上限数を3万7500人と設定した。参考までに、17年は3万5000人、18年3万人、そして19年は2万5000人と最上限を下降設定している。すなわち、今後4年間、合計12万7500人の難民を受け入れることにしたわけだ。同国は昨年、約9万人の難民を受け入れている。そして今年9月現在、最上限をオーバーする気配だ。そのため「最上限を超える難民が殺到した場合、どのように対応するか」が大きな政治課題となっている。すなわち、難民受け入れ数の最上限設定の背後には、「殺到する難民を制御し、必要に応じてその上限をコントロールできる」といった自惚れた考えがその根底にある。

現代の代表的思想家、ポーランド出身の社会学者で英リーズ大学、ワルシャワ大学の名誉教授、ジグムント・バウマン氏は、「移民(Immigration)と人々の移動(Migration)とは違う。前者は計画をたて、制御できるが、後者は津波のような自然現象で誰も制御できない。政治家は頻繁に両者を混同している」と指摘している。

ここで問題が浮かび上がる。欧州が現在直面している難民、移民の殺到はMigrationではないか、という懸念だ。そうとすれば、欧州はトルコやギリシャに難民監視所を設置し、殺到する難民を制御しようとしても、制御しきれない状況が生じるだろう、という懸念だ。

欧州では3世紀から7世紀にかけて多数の民族が移動してきた。これによって古代は終わり、中世が始まったと言われる。ゲルマン人の大移動やノルマン人の大移動が起きた。その原因として、人口爆発、食糧不足、気候問題などが考えられているが、不明な点もまだ多い。民族の移動はその後も起きている。スペインではユダヤ人が強制的に移動させられている。

ジュネーブ難民条約によれば、政治的、宗教的な迫害から逃れてきた人々が難民として認知される一方、経済的恩恵を求める移民は経済難民として扱われる。ところで、視点を変えてみれば、21世紀の今日、“貧しい国々”から“豊かな世界”へ人類の移動が始まっているのかもしれない。換言すれば、北アフリカ・中東地域、中央アジアから欧州への民族移動はその一部に過ぎない。この場合、政府が最上限を設定したとしても彼らの移動を阻止できない。

ドイツで昨年、シリア、イラクから100万人を超える難民が殺到したが、大多数の彼らはジュネーブ難民条約に該当する難民ではなく、豊かさを求めてきた人々の移動と受け取るべきだろう。繰り返すが、制御できない民族の大移動は既に始まっているのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年9月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。