北大使「大使館は売らない」と言明

長谷川 良

当方はこのコラム欄で、音楽の都ウィーン市14区には欧州最大の北朝鮮大使館があるが、その大使館の建物が売り出されるという噂が流れていると速報した(2016年9月19日)。そこで今回、噂の検証取材の近況を報告する。

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▲北朝鮮大使館関連の「土地台帳」のコピー(オーストリア連邦法務省の「土地台帳」から)

先ず、欧州最大の北大使館は1981年5月26日に北朝鮮土地とともに購入している。その広さは建物758平方平方メートル、庭園3578平方メートル、計4336平方メートルだ。建物は1949年4月2日、「Denkmalschutz(記念物保護)に基づき、公共利益の記念物保護対象」となっている(オーストリア連邦法務省作成の「土地台帳」Grundbuchから)。

すなわち、建物所有者は記念物に認定された建物を自分勝手に改築したり、増築できず、連邦記念物局に許可が必要となるため、建物を購入しようとする者はどうしても躊躇してしまう。「新しいオーナー探しは難しくなる」との推測は当たっている。

それでは、北朝鮮大使館の何が「歴史的記念物」に指定されているのか。そこで「連邦記念物管理局」(Bundesdenmalamt)に出かけて聞いた。関係者は、「大使館側の委任状を提出しない限り、第3者には情報を開示できない」というのだ。そのため、なぜ大使館の建物が記念物保護の対象となったかは明らかにできない。ただし、「記念物認定が1949年と古いから、戦争時代の歴史的な施設だった可能性が考えられる」というのだ。

北関連取材では、周辺取材を先行させ、可能な限り、事実を集める。そして最後に関係者、北側に直接質問することになる。幸い、北の金光燮大使(大使の金敬淑夫人は故金日成主席と金聖愛夫人との間の長女)と話す機会があった。先月30日午前9時半、連邦内務省国家公安局外事担当の責任者に会ったばかりの金光燮大使と内務省前で偶然に出会ったのだ。当方は連邦記念物局へ取材に行く途中だった。

そこで、「大使館は売りに出されるという情報が流れている。事実か」と単刀直入に聞いた。金大使は少々驚いた表情を見せながら、「初耳だ」という。そこで情報先を少し示唆して、もう少し追求した。すると、金大使は、「いっておくが、われわれは今後も100年以上、オーストリアに留まるよ」と強調したのだ。当方は、「それでは建物の売り出し情報は誤報というわけですね」と確認を取ると、大使は「そうだ」と強調すると大使専属のベンツに乗って行った。

北朝鮮とオーストリア両国は今年12月で外交樹立42年目を迎える。南北分断後、オーストリアは1963年5月、韓国と外交関係を樹立し、その11年後の1974年12月、北朝鮮と外交関係を結んだ。

興味深い点は、北朝鮮は1981年に現在の大使館を購入し、その翌年の1982年に欧州唯一の直営銀行「金星銀行」(ゴールデン・スター・バンク)を開業したことだ。当時のオーストリアのクライスキー社会党(現社民党)単独政権の支援を受け、ウィーンに欧州最大の北の拠点を構築していったわけだ。

ちなみに、同銀行は2004年6月、北の中東ミサイル取引きや麻薬密輸などに関与している疑いを持たれ、米国の対北金融制裁の圧力を受けて閉鎖に追い込まれた。そして今、大使館の売り出し情報が流れだしているわけだ。

いずれにしても、北側は建物と土地を売って巨額の資金を手に入れたいところだが、簡単には売れないこと、オーストリア側に巨額の借款を抱えている以上、売れたとしても借金返済で帳消しになるというハードな現実にぶつかる。

金大使の「われわれは今後も100年以上、オーストリアに留まるよ」という発言は単なる強がりか、それとも事実か、残念ながら当方はまだ判断できない。