人材流動化と処遇の矛盾

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現在では、勤め先を変えるのは、普通のことだ。終身雇用という言葉は、昭和の死語である。この人材の流動化の背景には、企業組織の成員という意識から、個人を中心にして、社会における個人の自己実現を目指す方向へ、生き方、働き方の転換があることに、間違いなかろう。

ならば、人材流動化は、企業の人事制度についても、組織重視から個人重視へと、基本思想の転換を必要にしたのであり、逆に、人事制度の転換が人材流動化を容易にしたのであって、この二つは同時決定的な関係にあるのだ。

さて、処遇には、普通は、期待要素が含まれている。期待に対する処遇は、前払い報酬であって、企業の人材に対する投資である。企業としては、実績が期待に追ついていない段階、即ち、人材への投資を回収する前に、退職されると、投資損失が発生するのみならず、転職先の他社のために人材育成したという不合理が生じる。

投資を回収するとは、先行する一定期間内の実際貢献が期待貢献を下回った部分の累積を、その後の一定期間内の期待貢献を上回る実際貢献の累積が上回ることである。これを、古くから使われている用語で表せば、貢献曲線と処遇曲線の交点を挟んだ左右の面積の一致である。

縦軸に貢献と処遇を、横軸に勤続年数をとれば、一般に、貢献は、最初は下に弓を引いた曲線となり、処遇は、逆に、最初は上に弓を引いた曲線となるであろう。故に、両曲線は、どこかで交点をもち、さらに、その先で、両曲線に挟まれた左右の面積が一致する投資回収点があるはずである。

さて、ここからが、人事の難問である。投資回収点の手前で、人材に辞められると、企業は損をする。しかし、交点以降、人は、期待に処遇されていたことを忘れて、貢献よりも処遇の低いことに不満をもつから、辞めやすい。

そこで、交点を過ぎたら、人材引き留め策が必要である。それが、かつては、退職金であった。退職金の支給率は、交点を過ぎたころからよくなるようになっていて、勤続継続を経済的に奨励するようにできていたのだ。

逆に、あっさりと、人材の流動化を前提にしてしまうと、貢献曲線と処遇曲線を、できるだけ近づければいい。つまり、処遇から期待要素を取り除くということで、これが処遇における成果主義的思想である。

さて、処遇から期待要素をなくしたとき、人の成長において、組織における人材育成は意味を失い、個人における自律的努力しか残らないであろう。これは、人材流動化の帰結であろうか、目的であろうか。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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