電通過労自殺が示す、職場メンタルヘルスにおける解雇規制緩和の重要性

2016年10月23日 06:00

「ソリティア社員」という日本人にしか通じない用語がある。安定した大企業において、主にバブル期に就職して年功序列でなんとなく管理職になり、一日中自分の机に座ってさえいれば、ソリティア(パソコンに無料インストールされているゲーム)ばかりやってもお給料をもらえる中高年正社員を指す。特技は、「働いているフリ」「仕事を後輩や非正規社員に丸投げ」で、日本の法律が正社員の解雇や降格を厳しく規制していることの象徴的な存在でもあり、会社員経験者ならば誰でも思い浮かぶ顔があるだろう。

大学病院の勤務医だった頃、しみじみ不毛だと思っていた仕事の一つが、「医学論文の上司チェック」であった。大学という職場は年功序列・終身雇用ばっちりのコテコテ日本型雇用の世界であり、手術も論文作成も何年もやってないけど給料はもらえる「ソリティア教授」とでも言うような人種が存在した。そういう事実上セミリタイアした爺医に限って、部下が論文を書くと「自分の存在感を知らしめるチャンス!」とばかり指導を始めることがある。「部下の作ったものは、少なくとも3回は突き返す」と評判の爺医も存在し、具体的な問題点を指摘されるならばまだしも、「ダメだ!君の論文には哲学がない!」式の長話を聞かされるのは大変苦痛だった。しかも、そういう教授はたいてい自分より英文論文数も載っている科学雑誌のランクも低かったりする(ネットで簡単に検索できる)。

ソリティア社員も、おとなしく窓際でソリティアするならまだしも、部下や新人の仕事に不毛なダメ出しをして自分の存在感をアピールして余計に仕事を増やすタイプも、わりと存在する。そして、電通で過労死自殺したMさんがSNSに残したつぶやきから透けて見えるのが、ソリティア上司の存在である。Mさんのように「可愛い新人女子」しかも「東大卒」なんていうと、ソリティア上司は余計に張り切って指導をしたがる。Mさんが辛かったのは、「1日20時間労働」そのものではなく「上司の指示に応じるために1日20時間働いたのに、その成果を否定される」ことだと思う。単なる「土日出勤」ではなく、「こんどの週末は休めるよう平日は計画的に頑張ったのに、上司の思いつきで計画がひっくり返って、土日をつぶしてやり直し」は、疲れを何倍も増幅する。

「労基署が認定した残業時間が月105時間」ということは、実質的残業時間は月200時間ぐらいかと推測するが、「ホンダのF1エンジニアチーム」などもこのぐらいは残業していると思われるが「過労自殺」っぽい噂を聞かない。ホンダの人事部もアホではないので、社運をかけたプロジェクトからはソリティア社員を遠ざけているのだろう。1日20時間労働といっても、それが結果につながる生産的な仕事で、自分も成長しているという手ごたえがあれば、20代の若さがあれば(短期的には)それなりに耐えられるものである。

また、ソリティア上司にあたっても並の社員ならば「あの部長は3回は突き返すから、1~2回目の企画書はテキトーに流す」「家族の病気をでっちあげて、土日出勤のどちらかは逃げる」式の処世術を身に着けているものだ。しかし、真面目な新人社員のMさんは上手なサボり方を身に着けておらず、上司の指示を全部真に受けて、それをこなそうとあがいていたように思えるのだ。

過労自殺が日本に多発するのは、それが単なる長時間労働だけで発生するものではなく、「長時間労働+ソリティア上司」の合わせ技で発生しやすいからである。グローバル競争の激しい電機業界では、「キャリアデザイン室」などソリティア社員を輩出するシステムも整備されているようだ。しかし、大手広告代理店・テレビ局・電力会社のような規制産業では、まだまだソリティア社員は温存されており、単なる「残業時間に上限」だけではサービス残業が増えるだけで、Mさんの悲劇は繰り返されるだろう(と、書いていたら、「関西電力社員が200時間残業の末に自殺」という報道があった。やっぱり…)。

日本経済再生の要として注目される解雇規制緩和だが、「ソリティア社員をスムーズに排出して、健全な職場環境をつくる」という意味でも、早く実現してほしい。「産業医によるストレスチェック義務化」よりも、ずっとずっと職場のメンタルヘルス改善に有効である。

写真は電通ホームページより

フリーランス麻酔科医

1966年生まれ。フリーランス麻酔科医。2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、2012年から、「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力に携わる。近著に「フリーランス女医が教える 「名医」と「迷医」の見分け方」。

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筒井 冨美
フリーランス麻酔科医、医学博士

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