先生たちが不登校の問題よりも大切にしていること。

2016年10月23日 16:00

先生は自分のせいで不登校になってるとは微塵も思っていない

名古屋大学の内田良氏の不登校「先生が原因」 認知されず ―学校調査と本人調査のギャップから考えるという記事が話題になっています。不登校の原因の多くは、教員に帰属しているというのに、教員にその自覚がないということです。大規模な調査が行われたようですが、この結果は現場での感覚と一致します。

20160404

不登校を生む「指導力ある」学級経営

私が初任者(新採1年目の教員をこう呼びます)だったとき、一緒に6年生を組んだK先生(男性当時30代半ば)は、とても「指導力」がありました。そのとき私たちが受けもった6年生は、5年生の時に盛大な学級崩壊を起こしており、だれも持ち手がいないので、初任の私とその年転入してきて事情を知らないK先生にお鉢が回ってきたのです。そのため校長は、他の教員から「配慮のある」管理職として評価はとてもよかったものです。

K先生はとにかく規律重視のいわゆる体育会系でした。それはそれは見事で、授業で私語をしようなら叱責し、児童が規則を破った時は個室に呼び出しかなり厳しく対処をしていました。

私のクラスには、5年生の時不登校だった児童がひとりいました。わたしはゆるゆると学級経営をしたため、学級の規律はかなり弛緩していましたが、この児童はなんとか卒業までほとんど休むことなく登校することができました。

ぎゃくにK先生のクラスは、6年生になってから、2名の不登校児を出しました。不登校児たちは、卒業式が終わってから個別に体育館で卒業証書を校長からもらい、終わりよければすべてよしということで卒業していきました。よかったね。

K先生のプレッシャーのかけすぎによる不登校は明白でしたが(不登校児から聞き取りました)、K先生の学級経営の評価は素晴らしかったのです。完璧な「規律」を保っていたからです。一般に、教員にとっては、管理職を含む教員による評価がすべてです。個別の児童や保護者がどう思おうがあまり頓着しません。

不登校は「規律」を乱す

もうひとつ思い出深い出来事があります。数年前から小中連携というコンセプトが盛んになり、小学校の教員も中学校の先生方と意見交流をする機会が増えました。そのときは、不登校の生徒に対する対応がテーマになりました。不登校の生徒が宿泊学習や合唱コンクールなど、学校行事だけ出席しようとするので問題だという話題になりました。私は、そのような機会があるならば、その機会を利用して、せめて1日2日でも学校にこられることは素晴らしいことだと思いました。しかし、中学校の先生は、「他の生徒にしめしがつかないので、宿泊の準備の授業や練習に出ない生徒の行事のみの出席は認めないことで対応している」とおっしゃいました。

私はせっかく不登校の子どもが学校に登校しようというのだから、その機会を最大限利用すればいいのではないかと思ったのですが、中学校の先生方は、「規律」のほうが大事だったようです。しめしがつかないけれど、他の児童にも折り合いをつけてもらうよう説得するのが教師の役割だったのではないでしょうか。しかし、その会は「不登校の生徒に対して素晴らしい対応だ」ということで閉じられました。

先生たちのいちばん大切なもの

このように、閉じられた社会では、インサイダーの目をいちばん重視します。不登校の児童生徒の対応は後手に回らざるを得ません。最低限の「規律」は安全面から言っても大切ですが、行き過ぎた規律は不登校を生み出しかねません。しかも、その「規律」重視の理由が、他の教員の目線では本末転倒です。

価値観がこれだけ多様化している現代において、学校に適応できない子どもたちの存在は例外的な問題ではありません。もっと正面から議論しなければならないのではないでしょうか。30日以上の欠席者は教育委員会に報告して、「まずいよね」とその場では話題になりますが、それ以上の対応は真剣に検討されません。学校として、まるでいないものとして扱う姿勢には疑問です。

なぜこうなるのか

なぜこのように「子どもたちのために」と言いつつ、子どもたちからいちばん遠い対応になってしまうのでしょうか。それは教員の待遇に対する保身ではないでしょうか。以前も指摘したように、教員は労働生産性をはるかに超えた報酬を得ています。身分保障による終身雇用も盤石です(今のところ)。報酬がないとよい人材が集まらないという意見もありますが、必要以上のそれは、不要な人材を固定化します。

同僚が、教育公務員だということで、高倍率のマンションの抽選が優先的に通ったと喜んでいたことをよく覚えています。一方で、教員は安保法制などで「二度と子どもを戦場に送るな」と反対の署名活動をしていました。つくづく「この人たちはまた子どもたちを戦場に送るな」と思ったものです。

この矛盾は指摘されるべきです。35年住宅ローンを喜んで組んで、現政権に反対する。狡猾なオポチュニストなのか、ただのバカなのか、どちらなのでしょうか。

不登校は必要

長く職場にとどまるために、身内の評価がすべてになった教員にとって、不登校の児童生徒の存在は、必要な犠牲として認知されていきます。それが“正義”であるかのようです。でも、自分たちのローカルな正義を信じて疑わない人って、いちばんたちが悪いよね。

中沢 良平(元小学校教諭)

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑