ディラン批判に関する朝日新聞報道の誤訳について

2016年10月30日 06:00

先日ボブ・ディラン氏がノーベル文学賞の受賞を受け入れると報道があったが、これに先行して先選考委員のPer Wästberg氏がディラン氏が沈黙を続けていたことに対し「傲慢で無礼」だと非難したという報道があった。

無礼で傲慢の「つづき」?

これに関して日本のインターネットでは、「その批判にはつづきがあった」という話が流れた。というのも、多くのメディアでは「無礼で傲慢」の部分のみが伝えられたのに対し、例えば朝日新聞デジタルにおいては以下のようにその「つづき」も含めて報道されたからだ。

「無礼で傲慢(ごうまん)だ。でもそれが彼ってものだ」と苦言を呈した。

これに対しインターネット上ではWästberg氏の本来の発言の意図を曲げた歪んだ報道だという批判が相次いだ。Yahoo Newsの記事の「オーサー」のコメントにおいても、

選考委員の「無礼で傲慢だ」発言については、他メディア、たとえば朝日新聞では「無礼で傲慢だ。でもそれが彼ってものだ」と後に続く文が省略されずに引用されています。

と、「善意の発言」説を裏付けるかのようなコメントが掲載されている。もっとも、この「オーサー」の方は「オリジナルはスウェーデン語で僕にはわかりません」と正直にこれはあくまで推論であることを告白している。

原文では何と言っている?

しかしスウェーデン語はそれほどドイツ語や英語と異なる言語ではない。少なくとも問題となっている当該箇所に関してはドイツ語がわかる人には誤解なく理解できる範囲の文章だ。スウェーデン語メディアの記事からそのまま以下に引用しよう。

Vad tänker du om att han inte säger något?

– Nä, vad ska man tänka? Man kan ju säga att det är oartigt och arrogant. Han är den han är.

これをまずわかりやすくするために簡単にドイツ語に翻訳する。(なるべく同根の単語を使って直訳する)

Was denkest du (Denken Sie) davon, dass er nichts sagt? – Na ja, was soll man denken? Man kann sagen, dass es unhöflich und arrogant ist. Er ist, wer er ist.

このように、スウェーデン語からドイツ語への翻訳は多少の文法知識があればほとんど機械的にできてしまうのだ。次は同様のやり方で英語に訳してみよう。

What do you think about the fact that he doesn’t say anything? – Well, what should we think? One may say it is impolite and arrogant. He is who he is.

もっともこれでは英語としてはいまいちな文章なのでもっと綺麗に「行間を読みながら」意訳すると、

What is your view on his silence? – Well, what should I say? (In my opinion, at least) One may say it is impolite and arrogant (of him to remain silent like this). (I do not want to criticize him not just as a member of the Committee which nominated him as the laureate but also as a man of reason, but) He is (unfortunately) who he is (now – namely, this person taking the impolite and arrogant attitude is who Bob Dylan is in the end … I am DISAPPOINTED! JUST STOP DISAPPOINTING ME ANY LONGER, SAY SOMETHING, NOW!).

つまり日本語に訳すならこんな感じだろう。

「ディラン氏が沈黙していることについてはどう思われますか?」「そうですね。どう思えばいいのでしょうね。(少なくとも)これ(=こんな風にずっと何も言わないこと)は無礼で傲慢(な態度)だとは言えるのではないでしょうか。(受賞を決めた我々としても理性的ジェントルマンとしてもはあまり批判的なことは言いたく無いが、しかし) 彼(=Bob Dylan)は、(結局今こうして沈黙を続けている傲慢で無礼な)彼なのです。(それが客観的事実であり、それ以上でも以下でもありません。)」

要するに、Wästbergは自分が個人的にディランに怒りを持っているのではない、彼が無礼で傲慢なのは客観的事実である、少なくとも、そう思わせるような態度をディラン氏はとっているでしょう、とあくまで批判しているのであって、「でもそれが彼の人間的魅力です」というようなニュアンスの逆説的表現はどこにもない。

つまり結論としては、「でもそれが彼ってものだ」という部分が完全に誤訳なのである。

そういう逆説的な意味にしたいのであれば、He is who he is. ではなくて、せめてThat is what he is, that is what he should be. のような文章にしなければならない。否、これでもまるで「ディランは最初から無礼で傲慢な人間だ」と決めつけたような意味になるので、ノーベル賞委員会がそんなことを言うのはおかしいし肯定的な意味など感じられない。結局「彼は彼だ」という短い日本語に感じられる「肯定感」は、英語に直してしまえば消えてしまうわけだ。

いずれにせよ、Wästberg氏の発言の後ノーベル賞委員会が「あれはWästberg氏個人の見解であり、委員会としての立場とは関係ありません」と火消し行動に出ているように、欧州語圏では彼の発言は単純に(本来は控えられるべき)公平性を欠いた感情的批判と受け止められている。

メディアの信頼性を疑うのは良いけれど。。

メディアが都合の良い部分だけ切り取って趣旨を変えてしまうことは確かによくあることだし非難されるべきだが、本来捨台詞であった部分を誤読して原文に無い意味を読み込み、その上でメディアの「偏向」を非難するというのはいかがなものだろうか。

やるにしても、せめて現地語を確認してからそういうことをすべきだろう。

日本人には「スウェーデン語」のような英語ですらない欧州語なんてほとんどわからないのだからとタカをくくっていい加減なことを述べるのは真に慎まれるべき行動である。

この報道自体は比較的瑣末なことではあるが、誤解を招くような誤訳を報道した「朝日新聞」をはじめとするメディアや現地語メディアを確認もしないで適当なことを述べた発信者の方々には、あまりよくわからないことをでっち上げたりしても、それ自体がメディアに対する不信感を増長するのだということを肝に銘じていただきたい。

それにしても、朝日新聞はもっとわかりやすくて誤解を招きにくい翻訳ができなかったのだろうか。

どんな情報でも、人は自分が読みたいようにしか読まないし読めない。それは確かに踏まえておくべき前提だが、しかしメディアの発する情報がまるで「文学」のような多様な解釈を許すようなものでは情報受信者に対する配慮を欠いているといわざるを得ないだろう。

もし配慮云々ではなく単純に記事執筆者の英語力が原因でこうなっているのなら、それはそれで大手メディアの信頼性も何もあったものではない。

 

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