トランプ氏の勝利は西欧人にとって何を意味するか

2016年11月10日 13:14

Brexitの時もそうであったが、トランプ氏の大統領選における勝利が確定した直後から早速クリントン支持者の間では “dismay”(この場合のdismayは、驚きと落胆及び不安の混ざったような感情)が広がっている。

米国知識人の反応は

これは容易に予想できることだが、米国人の「政治的に正しい」反応は以下のようなものだ。

“You guys had Brexit but we have Donald Trump, that’s so much worse,” said Matthew Goreman, the former deputy finance director of Bill Clinton’s first presidential race, who donated a million dollars to Mrs Clinton’s campaign.

Shaking his head he called a Trump win the “end of the age of enlightenment”.

“The enlightenment happened in the 18th century for a reason, education, facts!” said  “It’s embarrassing that we don’t care about this anymore.”

“To watch your country fall apart before your eyes. To have your last bastion of male patriarchy win out.”

 

(Telegraphのリンク先記事より)

「啓蒙時代は終わった」、「理性、教育、事実」といった啓蒙的価値をもはやアメリカ人は顧みないことが恥ずかしい、アメリカが壊れていく、家父長制が勝ってしまった、等々と悲嘆の声を上げている。

フランス語圏の保守派の見解

他方で、以前紹介したフランス語圏の保守派知識人のMathieu Book-Côté氏は、トランプ氏の勝利を「反体制革命」であると論じている。

以下に氏の論の一部を直接引用しよう。

La révolution Trump est à bien des égards une forme de référendum antisystème – et cela, dans une élection où Hillary Clinton, qui personnifie ce «système» était la candidate du camp d’en face. Cette révolution est incompréhensible aussi si on ne comprend pas à quel point Trump a retourné le dédain des élites à son endroit à son avantage. Le mépris régulièrement déversé par le système médiatique sur l’Américain traditionnel, accusé de toutes les tares possibles, a alimenté une profonde rancœur ou si on préfère, un puissant ressentiment. On le présentait de manière caricaturale comme un petit homme blanc hétérosexuel crispé sur ses privilèges et désireux d’opprimer les minorités. Cette dévalorisation des classes moyennes et populaires s’est à terme retournée contre le système médiatico-politique.

リンク先記事より)

伝統的「良きアメリカ人」像を侮蔑し、メディアの力を最大限利用して矮小化してきた「体制側」の権化であるヒラリー・クリントン。他方、自ら「伝統的アメリカ人」という人格を自分のものとして引き受け、その良いところも悪いところも全て余すことなく曝け出し、通常の政治家ならもみ消してしまうような事実を暴露されても平然とし、多少のセックススキャンダルや「人種差別」発言に対する批判にも全く動じないどころか、「何が悪い」と言わんばかりに開き直ってしまうある意味「男らしい」自信を見せ続けたドナルド・トランプ。アメリカの中産階級は、しかしメディア側ではなくむしろメディアが言葉の限りを尽くして罵倒するトランプ氏の方に自己を投影していた。従ってメディアがトランプ氏に重ねる形で「伝統的アメリカ人」を批判すればするほど彼らのメディアに対する憎悪は増大し、その鬱屈した感情(本来フランス語なのに何故かニーチェの専門用語かの如く扱われる例の「ルサンチマン」/ressentiment)を晴らすある種の「革命」児としてトランプを見るようになった、という。

トランプ勝利の「革命性」とその政治思想上の意義

確かに、トランプ氏の勝利は政治イデオロギー的には英国のEU離脱とは比較にならないほどの大革命である。トランプ氏をブッシュ氏と同列に並べる論も多いが、ブッシュ氏はトランプ氏ほど明確に、かつ意識的に「システム」化された「政治的正しさ」に挑戦していなかったし、ブッシュ氏はリベラル派に批判されるような政策を基本的に伝統的キリスト教倫理で正当化していたので、過激というよりは頑迷なほどに保守的であったという方が合っている。ところがトランプ氏は頑迷な保守派とは程遠い。むしろいかなる倫理観にも拘束されない自由さをこれでもかというほど演出し、スキャンダルまでをもポジティブに活かせるような「楽天性」を表現している。これこそが倫理に繋縛された旧大陸社会の窒息状態を逃れ新大陸へとやってきた初期のヨーロッパ系「アメリカ人」が求めた「自由」だったのではないか。あの「自由」はどこへ行ってしまったのか。どうしてアメリカ人は一度手に入れた自由を手放し再び元の英国人のように「行儀良く」させられるようになってしまったのか。一体何のために、誰のためにアメリカ人の「自由」は再び制限されているのか。

トランプ氏の派手なパフォーマンスは、「リベラル」な自由の制限が「普通のアメリカ人」のためではなく、外国人やマイノリティの為のものに過ぎないということを非常にハッキリと提示した。しかもその正しさは、彼のパフォーマンスに対する度の過ぎたad hominem的非難をマイノリティや女性達、及び「学歴エリート」らがこぞって「メディア上で」堂々と、これまたパフォーマティブに行ったことで逆に大衆の目の前で証明されてしまった。

もはや「リベラリズムの普遍性」などという言葉は過去のものとなりつつあるのだ。現にBrexit以降そのような認識は政治思想や政治哲学を専門とする西欧知識人の間では広がってきており、トランプ氏の勝利はこれに更に拍車をかけるだろう。

「普遍的価値」がもたらす利益は必ずしも均等ではない。「平等」という価値は、誰にとっても同程度なのではない。平等はマイノリティ及び弱者を理不尽なほど利することで漸く実現できるのであり、強者や弱者でも強者でもない者は「平等」によって損こそさせられることはあれ、得することはない。そんな「不平等」な価値である「平等」を、多数派意見を優先する民主主義制度と両立させようというのがそもそも常軌を逸した不可能な挑戦であった。「平等」は、大衆自身によってではなく大衆を抑圧する制度によって保障されていたのである。

それを踏まえた上で、敢えて民主主義を取るか、平等を取るか。英国は民主主義を選択し、域内の平等を目指すEUを離脱する方針を決めた。米国でも結局は大衆の多数票が代表する「民主主義」がエリートの掲げる「平等」政策に打ち勝った。

これによって、いよいよ政治制度のみでなくイデオロギー次元でも「平等」を目指す「左翼思想」は終わりを告げるのかもしれない。ソ連等の共産体制下で実施されたカリスマ的個人の独裁に基づく「平等主義」は言うまでもなく失敗したが、西欧世界では「リベラリズム」という名の「知的エリートの合議による独裁」が比較的成功したので、この西欧式「穏健左派」はソ連崩壊の影響でも消滅することなく「エリート」達によって脈々と今日まで維持されていた。だがこの新たな形の「平等主義」の試みに対しても、大衆はやはり異議申し立てを行ったのである。より穏健であるが故に「冷戦」よりもさらに冷めて西欧の思想世界を凍りつかせていた「凍戦」に、トランプ氏の振りまいた野生の炎が終止符を打ったのだ。

実際、西欧にいると「氷」が徐々に解けつつあるのを感じる。遂に大衆の自然な欲望が「倫理」で大衆を縛ろうとする「司祭的」エリートの支配を脱する時が来たのかもしれない。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑