オレオレ詐欺の黒すぎる交渉術

尾藤 克之
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写真は多田文明氏

2014年度の振り込め詐欺を含む特殊詐欺の被害総額は、559億4000万円にのぼって過去最悪の被害額になった。警察による必死の注意喚起が実らないのには理由がある。犯人の手口はますます巧妙化するが、彼らは一貫してある「セオリー」を守っていたのである。

キャッチセールスなどの悪質商法の実態に詳しいルポライター、詐欺・悪徳商法評論家として活躍している、多田文明(以下、多田)氏の著書『ワルに学ぶ 黒すぎる交渉術』(プレジデント社)は、悪徳商法における「人の心の動き」についてまとめられた、興味深いルポルタージュでもある。

■静かな日常にそいつらは突然やってくる

ある日、男から高齢女性のもとに電話がかかってくる。「オレだけど!」。息子だと思い込んだ女性は答える。「○○かい。なんだい?」。息子の名を呼んで尋ねると、相手は次のように話をして電話を切った。「実は、電車に小切手と携帯電話の入ったカバンを置き忘れてしまった。もしも駅の落とし物係から電話がきたら、話を聞いておいてね」。

ほどなくして、再び深刻な声で電話がかかってくる。「ちょっと上司に変わるよ」。すると、息子の上司を名乗る人物は丁寧な口調で言った。「実は、息子さんがなくした小切手は、今日中に取引先へ渡さなければならないものです。小切手は凍結したのですが、その分の代金を今日中に工面しなければなりません」。典型的なオレオレ詐欺のトークである。

「そこで、お母さまに立て替えていただけないか、現金を今すぐ、どのくらい用意できるかを尋ねて、もし手元に現金がないようであれば、母親を銀行に行かせて、おろすように仕向けてきます。ところが、今は、銀行も詐欺に対する警戒は厳しいので上司は次のように念をおすのです。」(多田)

「会社にばれると、息子さんは会社をクビになる可能性がありますので、他言はしないでください。銀行で尋ねられたら、お葬式代かリフォーム代と答えてください。」(同)

お金を準備してからのやり取りは複雑になる。息子や上司から何度も電話があり、お金の受け渡しの指示があるためだ。今は、警戒が厳しくなっているので、お金は会社の同僚などを名乗る男が、自宅に取りに来たり、どこかの場所に呼び出すことが多いとのことだ。

「このような手法は昔からありますが、被害は減るどころか多発しています。息子や孫になりすました人物には注意するように、警察などが散々注意喚起しているにもかかわらず被害は無くなりません。なぜでしょうか?」(多田)

「なくならない理由は、詐欺犯らの『情報の聞き出し方』が極めて巧みだという点です。息子をよそおった犯人が、‘オレオレ’と母親に電話をかけたとき、‘オレ’と言われると、つい『○○かい』と息子の名前を言ってしまいがちです。」(同)

実はこのときには犯人は情報を所有していない可能性が高いそうだ。名簿に即してランダムに架電しているためである。だから犯人にとって「○○かい」と息子(家族構成)を聞き出すことができたことは大きな収穫なのである。

■オレオレ詐欺は営業マンと同じ手法をつかう

通常のビジネスシーン。例えば、営業マンのシーンを思い浮かべてもらいたい。優秀な営業マンは聞き役に徹することができる。そして、聞いた話題から相手の要求しているものをプロファイリングしていく。

「ある健康食品を販売する営業マンのシーンです。相手に『飲んでみませんか?』と聞いても、『ほかのものを飲んでいるからいらない!』と返されたとします。その際、‘ほかのもの’が何かを聞き出せれば、疾患や病名を探りあてることができます。」(多田)

次に営業マンは、「満足度」「購入予定時期」「予算」などをさり気なくチェックする。相手が顧客になり得るかを判断するためだ。同じように、オレオレ詐欺であれば、相手がだませる人間かを瞬時にプロファイリングすることが同じ作業に該当する。

「自分の手に負えない(見込みのない客)と思えば、すぐに見切るという、ビジネスの鉄則が使われています。実績の出ない営業マンは、効率の悪い営業をしがちで、丹念に電話をかけ、見込みのない客に力を注ぎます。そのため、相手に断られると、ショックが大きく次の電話がかけられなくなってしまうのです。」(多田)

「それに対して、できる営業マンは、自分が設定した見込み客の基準をベースにして、淡々と電話をかけ、感情移入をすることなく、次々に電話をかけることができます。」(同)

振り込め詐欺は、このような鉄則を相手を編す行為に使っているので手に負えない。対策方法としては留守番電話などにして、知らない電話はとらないことが有効になる。

「留守番電話だと、録音されるという犯行の証拠が残るからというだけでなく、相手から必要な情報を引き出すことができないからです。事前電話の排除こそが、詐欺に遭わないために有効な手段だと思われます。」(多田)

本書には、悪い人(犯人)がどのようにして相手をだますのか、そのプロセスと、マインドをコントロール方法が分かりやすく整理されている。いまの時代、多くの人が知っておくべき情報ではないかと思う。

尾藤克之
コラムニスト

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