極右大統領候補者の敗北

長谷川 良

オーストリアで4日、大統領選決選投票(有権者約640万人)のやり直し投票が実施され、「緑の党」前党首アレキサンダー・バン・デア・ベレン氏(72)が対抗候補者、極右政党「自由党」のノルベルト・ホーファー氏(45)を予想外の大差で破り、大統領に選出された。

オーストリア大統領府

▲オーストリア大統領府(2013年撮影)

オーストリア国営放送の暫定結果(99.9%の集計段階)によると、バン・デア・ベレン氏が得票率53.3%を獲得し、ホーファー氏の46.7%に6%以上の大差を付け、当選を確実とした。投票率は74.1%(5月の決選投票の投票率は72.65%)。

オーストリア大統領選暫定結果

▲オーストリア国営放送が報じた暫定結果(2016年12月4日)

オーストリアでは大統領は名誉職で実質な政治権限は少ない。大統領の任期は6年間。就任式は来年1月26日の予定だ。

バン・デア・ベレン陣営は、「極右大統領が誕生すれば、わが国は国際社会から孤立する」とアピール、有権者に不安を煽る選挙戦を展開する一方、与党政党の社会民主党、国民党、それに「自由党」以外の野党勢力が反ホーファーで結束した。その結果、ホーファー氏は都市部以外でも支持を失った。

「自由党」は“オーストリア・ファースト”を標榜し、難民受け入れには消極的で、欧州連合(EU)の統合にも批判的な政党だ。「自由党」はこれまで選挙の度に国民の不満や抗議を吸収し、得票率を伸ばしてきた。

ホーファー氏が極右政党初の大統領になっていたならば、欧州で席巻している極右派政党の躍進に勢いをつけ、来春実施予定の仏大統領選にも少なからず影響を及ぼすものと予想されていた。それだけに、ドイツやフランスでは今回のオーストリア大統領選の結果を歓迎している。独社会民主党(SPD)のガブリエル党首は「理性の勝利だ」と述べているほどだ。

大統領選は4月の第1回投票から決選投票のやり直し投票まで8カ月以上の異例の長期戦となった。その期間に世界の政情にも大きな変化があった。6月23日に英国の欧州連合(EU)離脱を問う国民投票が行われ、離脱派が勝利した。ただし、離脱決定直後から「われわれは離脱したくない」という英国民の声が高まっていったことはまだ記憶に新しい。また、11月の米大統領選挙では実業界出身のドナルド・トランプ氏が最有力候補者のヒラリー・クリントン氏を破り、世界に大きな衝撃を与えた。

上記の出来事はオーストリアの大統領選にも影響を与えた。EU統合に批判的だった極右政党自由党のホーファー氏は、「現時点では離脱は考えていない」と説明せざるを得なくなったほどだ。その一方、トランプ氏の勝利は“トランプ旋風”と呼ばれ、欧州の極右政党の躍進に追い風となると予想されたことから、反ホーファー陣営が危機感を強めていった経緯がある。

大統領選を総括すれば、多くの国民は、ホーファー氏への懸念を完全には払しょくできないため、バン・デア・ベレン氏をやむを得ず選ばざるを得なかった、というのが実情だったはずだ。

なお、4日の決選投票のやり直し投票には、世界からは200人を超える外国人ジャーナリストがウィーン入りし、大統領選の行方を取材した。

オーストリア大統領選の経緯

4月24日・・6人の候補者が出馬した第1回選挙では過半数を獲得した候補者はなく、得票率上位2人の候補者バン・デア・ベレン氏とホーファー氏の2人の間で決選投票が行われることになった。与党の社会民主党と国民党両党が擁立した候補者は敗北。

5月22日・・上位2人の決選投票が実施され、「緑の党」前党首のバン・デア・ベレン氏が約3万票の僅差で当選した。自由党が投票集計などで不正があったとして憲法裁判所に訴える

7月1日・・憲法裁判者所は自由党の訴えを認め、決選投票のやり直しを命令(7月8日に新大統領の就任式がホーフブルク宮殿の大統領府で行われる予定だった)

「投票の集計は選挙委員会代表と監視員の立会いのもとで行われなければならない。実際は関係者不在で集計が行われた選挙区があった。投票締め切りは当日午後5時だ。集計はその後、始めることになっている。実際は5時前に始まっていた。同国国営放送や2、3の民間放送が投票締め切り直後、投票の暫定結果を流すのは、投票の集計が投票締め切り前に行われているからだ。選挙区の一部で投票締切前に集計された投票結果がメディア関係者やネット関係者に流れ、それが報じられたため、投票を終えていない有権者に影響を与える可能性が出てくる。郵送投票の場合、投票日の翌日午前9時から集計を開始するように規定されているが、かなりの選挙区では投票日に開封され、集計されていた」

10月2日・・決選投票のやり直しの投票日だったが、その前に郵送票を入れる封筒に問題が判明。郵送投票カードを入れる封筒が郵送中に糊が剥がれることは明らかとなり、「公平で完全な選挙を実施するのが難しくなった」(ソボトカ内相)として、やり直し日程を変更。

12月4日・・大統領決選投票のやり直し投票が実施された。バン・デア・ベレン氏が大差で当選した。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年12月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。