現代に求められているのは実践的な科学 --- 酒井 峻一

私は最近、『高校生からわかる社会科学の基礎知識』という本を刊行した。この本に秘められた核心は、人間の科学的姿勢は大別すると2種類あることだ。それは、唯一・絶対に関するタイプと、妥協・相対に関するタイプといってよい。

前者は、たとえば共産主義やイスラム国のように唯一・絶対の到達点に向かう姿勢を示す。こうした絶対主義者は、自らの理想郷に近づくことを絶対善とする一方で、そこから少しでも遠ざかる政策・人物を逆行と批判する。これは、古くはフランス革命勢力が理性を強く信じて自らの思想とは少しでも違う者(=革命勢力にとっては不純勢力)を粛清していたことにも見られる。

また、絶対主義者は歴史の解明に向いていないだろう。彼らは自らの強烈なイデオロギーに引っ張られて、偏った歴史を導いてしまうからだ。矛盾しているかもしれないが、歴史という唯一の過去事象を導くには、様々な資料を公平に扱うことが必要だ。

ただし、唯一・絶対を演繹的に見出そうとする感覚は、おそらく純粋な自然科学や数学の世界では必須で、これをもとに人間は普遍的で理想的な理論を確立できる。この場合の理想とは、不確定要素・不純物が排除された、いわゆる「善のイデア」のような美しい世界だ。経済学においても、その基礎は普遍的かつ理想的である。

それらとは対照的に妥協・相対に関するタイプもある。これは、特定のイデオロギーを強く信奉せず、試行錯誤によって妥当なデータを導いたり、バランスのとれた社会を築こうとする姿勢だ。その意味では、こちらは実践的で帰納的といってよいかもしれない。この背景には、エリートにしても一般市民にしても人間が不完全だとすれば、妥協したり試行錯誤するしかないという考え方がある。したがって、この考え方の下では政府の予算は縮小しうるし、軍事体制も近隣国や同盟国の姿勢次第で変わりうる。

社会が自然科学の実験室のような定常状態だったり、予算制約や人口制約などがないなら、前進のみを是とすることもありうるだろうが、現実にはそうはいかない。それゆえ実践的な社会科学は基礎理論よりも不安定なところがある。

現代の社会科学では、その基礎が仕上がり、さらに共産主義が瀕死状態である以上、行動経済学や地政学のような実践的な科学の強化が色濃く求められているのではないだろうか。

酒井 峻一 個人事業主『高校生からわかる社会科学の基礎知識』著者