成宮氏を芸能界引退に追い込んだもの

2016年12月10日 06:00

「相棒」等の有名作品にも出演していたことで知られている成宮寛貴氏が芸能界引退を発表したそうだが、この騒動は日本と西欧の違いを二つの点で非常に明確に表現している。

「薬物」と「weed/drug」の間の差

まず一つ目は、若年層の薬物使用に対する日欧の差だ。さすがにコカインが一般に普及しているわけではないが、俗に”weed”と呼ばれる大麻はオランダでは合法であり、その他ヨーロッパ諸国でも違法ながら大変普及している。ロンドンで時折出くわす強烈な異臭を放つ人々は一定数いる。私には当初何の臭いなのかわからなかったが、西欧人の友人らによるとこれは「大麻」常習者独特の異臭であるとのことだった。この種の大麻臭をまとっている人々に出くわすことは、西欧の都市では決して稀では無い。大学内でも、時折薬物がらみで警察の世話になる学生は皆無ではないし、薬物使用が合法の国で「試した」ことがあるという程度なら数え切れないほどいる。

こんなことは日本ではまず考えられないだろう。「薬物」が西欧の一般社会にこれほど浸透しているということ自体、日本人である私にとっては衝撃的であるが、「薬物」に対するイメージは日欧では全く異なっている。芸能人の薬物スキャンダルは西欧でも大変盛んではあるが、日本と西欧ではそれに伴う「マイナスイメージ」の深刻さがまるで違うのではないだろうか。現に以前薬物スキャンダルで活動停止に追い込まれたブリトニー・スピアーズは既に復帰しているし、しかも彼女の場合は単に一度使用したことが発覚したという次元ではなく、完全に中毒に陥っていて芸能活動が困難なレベルに達していたが故に騒動になったのである。

スキャンダルを報道する側は、日本社会のそういった特殊性を考慮すべきだろう。西欧で芸能人の薬物スキャンダルが多数報道されているからといって、日本で同じことをすればそのダメージは非常に大きい。その上、「本当にやったのかどうかがわからない」程度の使用、つまり常習者に陥っているわけでもない人をそこまで追い込むことには、単に犯罪者に対する厳罰意識に止まらない、文化的問題が胚胎しているように思われる。

確かに薬物使用は法に反してはいるが、この種の文化法違反と他害犯罪とは同じではない。アルコールやタバコが許されるのに麻薬が許されないことの明確な根拠などなく、人体に有害なものの使用を禁ずるというのならアルコールもタバコも含めて全て禁じられるべきだからだ。特にタバコは副流煙の問題もあり、他害性も皆無ではない為、個人的にはタバコも禁じられるべきである考えている。ところがタバコは日本でも合法化されているのみならず、日本におけるタバコに対する税は決して高くはない。そんなことは知らずに日本を訪ねてきた西欧人が日本におけるタバコの安さに大喜びするほど、西欧と日本ではタバコの値段は異なっているのだ。

このように、違法性の根拠が殺人や窃盗などの他害性の高い犯罪に比べて明瞭ではない犯罪というのは「同性愛」や「飲酒」を犯罪として扱うイスラム法をどう見るかという問題と合わせて考える時、加害者を追い詰めるだけでは済まない高度に文化的な問題が背景にあることを念頭に置く必要があるように思われる。

日本における同性愛のスキャンダル性

二つ目は、成宮氏のいう「セクシュアリティ」の問題である。

彼が何を意味しているのか明瞭では無いが、これは英語で言うならsexual orientation(性的指向)のことを指しているのであろう。先述の薬物使用と同様、これもやはり高度に文化的な問題である。日本では特に明治維新以後の「近代化・西欧化」の流れの中で同性愛に対するタブー視が著しく強化されるようになり、戦後になっても「同性愛者」はある程度の市民権を得たとはいえ、社会的には依然同性愛者に対する冷たい目線は残存している。

勿論、これは日本に限った話では全くない。西欧でも、ギリシャや東欧などの伝統倫理が重視される社会では「同性愛」はスキャンダルであるし、そもそも「男女平等」の意識からして日本以上に弱い場合さえある。性の平等を掲げている「西欧諸国」というのは厳密に言えば英仏独及び北欧くらいのものであり、その中でも北欧以外の英仏独においては「建前」の次元では同性愛を受け入れていても「本音」の部分、つまり私的日常生活のレベルでは必ずしもそうではない。

とはいえ、同性愛であることを知られることを恥じるあまり有名芸能人が自ら引退を宣言してしまうというような事態がもし西欧で生じれば、それこそが国家的スキャンダルになり得るレベルの話である。それこそ無数の人権団体やら個人活動家やらが大規模な応援キャンペーンを実施しかねないほどだ。尤も、今回の件に関しては成宮氏が「セクシュアリティ」で何を意味しているのかはっきりわからないので何とも言えないが、もしこれが「同性愛者であることを知られること」を意味しているのであるのなら、この問題には真剣に向き合う必要があるはずである。

無論、同性愛者を受け入れよなどと言うつもりはないし、同性愛が「普通」であるとか「何もおかしくない」などといった西欧流のヘドニステックな妄言を広めるつもりもない。だが、同性愛者だからといって如何にも「同性愛者です」というような「オネエ」等のキャラを演じなければ芸能活動が出来ず、通常の男性俳優としての芸能活動が出来ないというのも常態化されるべき状況ではないだろう。リベラル派的な過剰反応も状況を悪くするだけであるが、だからと言って大衆社会の負の側面を放置しておいても良いというわけではない。同性愛者が「性」とは直接関係のない次元で不当な差別を受けることは明らかに「問題」なのであり、この「問題」に対するリベラル派の解決策が常軌を逸しているからといって「問題」そのものの存在まで否定するのは欺瞞である。

先述した通り、ヨーロッパ人も全体として見れば「同性愛」を完全に受け入れているわけでは全くない。そういう状況を踏まえた上で、不毛で非生産的なリベラル流の「日本批判」に陥ることなくこの「問題」とどう向き合うべきなのかを、少しでもメディアの成宮氏の扱いに憤りを感じる程度の倫理観を持つ方には考えていただきたい。

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