宇宙旅行を考える①山崎直子さんの遺書

2016年12月12日 06:00

宇宙ビジネスへの関心が高まっています。アメリカでは火星に人類を送る計画が持ち上がり、中国が人類を40年ぶりに月に送る日も近いと言われています。しかし、宇宙ビジネスと人類を宇宙に送り出すというのは別物と言って良いほど違います。

これから、過去のブログのいくつかを拾い出して、その人類を宇宙に届ける難しさについてもう一度考え直してみたいと思います。第1弾のこのブログが描かれたのは2010年。スペースシャトルに乗り込んだ日本人宇宙飛行士山崎直子さんが遺書を残していたという報道から書き起こしたものです。スペースシャトルはブログを書いた翌年2011年に最後の飛行を行い。その後アメリカは宇宙空間に人を送り出す手段を失っています。

以下はブログの記事を一部を除き当時のまま載せています。

スペースシャトルは危険な乗物?

もはや旧聞になりつつありますが、日本人飛行士として最後のスペースシャトル乗り組み員となった山崎直子さんが、遺書を残して飛び立ったという記事がありました(週刊文春2010・6・13号)。

遺書の中身は個人的なことですから詮索のしようもありませんが、スペースシャトルというのは乗り組むのに遺書を残すほど危険なものなのでしょうか。結論から言えば、スペースシャトルは相当危険な乗り物です。一見旅客機のようなイメージとは裏腹に、確率的には命知らずだけが乗り込むことができるほど危険と言えます。

スペースシャトルは5機が就航し、初飛行以来131回の飛行をおこなっていますが、そのうちの2機、コロンビア号とディスカバリー号が墜落し現在は3機だけが残っています。約50回に1回の墜落事故を起こしているわけです。これでは、スペースシャトルに乗り込むのは、冬のヒマラヤ登山よりよほど命を危険にさらす行為ということになります。ところが、スペースシャトルが登場した時は10万回に1回程度しか事故を起こさないという触れ込みでした。これは毎日スペースシャトルが飛行を行っても300年に1度しか致命的な事故は起きないという確率です。

しかし、コロンビア号による初飛行が行われた1981年の5年後、1986年1月28日のチャレンジャー号が発射後に爆発してしまったことで、10万回に1回という事故確率は単なる宣伝文句か思い込みに過ぎないということが明らかにされてしまいました。なぜこんなことになってしまったのでしょうか。

チャンレンジャー号の事故を受け、レーガン大統領は元司法長官のウィリアム・ロジャースを委員長とするロジャース調査委員会を事故原因の分析のために組織しました。選ばれた委員の中には航空技術者や元宇宙飛行士やなどの他に、ノーベル物理学賞を受賞した高名な物理学者のリチャード・ファインマンがいました。

ファインマンは有名なだけのお飾りのメンバーではありませんでした。理論物理学者としてニュートン、アイシュタインと並べられるほどの大物のファインマンでしたが、軽妙な随筆を沢山書き、難解な理論を初心者、素人に判りやすく説明した一般向け科学書や教科書の執筆でも高い評価を得ていました。ファインマンはスペースシャトルの信頼性を分析するため、シャトルの開発方法や構造について、現場のエンジニアに直接ヒアリングを行いながら自分自身で一歩一歩理解を進めていきました。

このようなファインマンの姿勢は政府に任命された委員会全体から見れば、必ずしも好ましいものではありませんでした。実際、ロジャース委員長は「ファインマンは本当に頭痛の種だ」とファインマンの調査態度に不平を洩らしています。ともあれ委員会は、事故の直接の原因はOリングと呼ばれるちっぽけなゴム製の密封用の部品が寒さで硬化して燃料漏れを起こしたためだと結論付けます。このことをファインマンはテレビで氷で冷やしたOリングを金槌で割って見せるという劇的な実験で説明しました。

ロジャース委員会は調査結果を報告書にまとめあげます。報告書は政府から求められた事故原因の究明と対策の勧告という意味では、委員会の責務を果たしたものだったと言えます。事故原因についての技術的な分析は的確で、スペースシャトルプロジェクトの運営体制に対してもきちんと言及されていました。

しかし、報告書は事故の背景にあるNASAやスペースシャトル自身の本質的な問題を十分には明らかにしていませんでした。何より10万回に1回しか事故が起きないとされたスペースシャトルが、なぜあっさり致命的な事故を起こしてしまったのか、近い将来事故はまた起きてしまうのか、それとも可能性はほとんどないのかという、本当に問いただすべき問題には答えてはいませんでした。

報告書がある意味官僚組織としての枠組みを守ったものであったのに、ファインマンはより根本的な問題に深く切り込もうとしました。ファインマンの問題分析の結果は報告書の付録、Appendix Fで「シャトルの信頼性についての個人的な見解(Personal observations on the reliability of the Shuttle)として述べられることになりました。ファインマンは10万回に1回などという事故発生確率は膨大な発射実験を行わない限り確認できるものではないし、もしそれほど信頼性が高ければ何のトラブルも起きないテストが続いたはずだと指摘します。実際には、墜落事故は起きなかったものの、大小のトラブルはテスト中に発生します。にもかからわらず、NASAは10万回に1回という墜落事故の可能性を主張し続けました。それは「ファンタジー」とも言ってよいものでした。

結局スペースシャトルの信頼性は、「技術」ではなく「政治」によって語られるようになったのです。そして、そのような姿勢はフライトの是非を決めるFight Readiness Reviewの基準をどんどん甘くするという方向に向かいます。結果は政治的な幻想とは裏腹に悲惨な事故へとつながってしまいました。

固体燃料ロケットの事故履歴などから、ファインマンはスペースシャトルの信頼性をNASAの技術コンサルタントの分析した50回から100回に1度の事故がかなり妥当な予測だろう判断します。これは少なくともスペースシャトルの開発当初では「政治的」に受け入れがたい数字だったのでしょう。

ファインマンはスペースシャトルの開発テストの方法が個別の部品の徹底的なテストを積み重ねて全体のテストを行う「ボトムアップ型」ではなく、エンジンあるいは本体などの全体のテストを中心とする「トップダウン型」であったことも問題としています。トップダウン型の開発ではある部品の破損がテストで発生しても、それが個別部品の信頼性に起因するものなのか他の部品や環境の問題なのか簡単には判断できません。つまりテストを重ねても信頼性はなかなか向上しないことになります。

ファインマンの懸念は当たりました。チャンレジャーの事故から17年後、今度はコロンビア号が大気圏突入時に燃料タンクの被膜の一部が剥離して翼に穴をあけたことが原因となって爆発してしまったのです。チャンレンジャー号の事故の後、スペースシャトルの信頼性向上に多くの努力が行われましたが事故を防ぐことはできませんでした。

ロジャース委員会がファインマンの「個人的見解」を本文に含めなかったのは、本質的な改良をスペースシャトルに求めることで、スペースシャトルのプロジェクトの停止に追い込むことを避けようとしたからだと思われます。それでも「付録」とはいえ報告書の一部にファインマンの分析を入れたことは、委員会が次の事故が発生した時のある種のアリバイ作りをしたかったからかもしれません。チャレンジャー号の事故の後も事故の起こる可能性はあり、実際事故は起きました。そしてコロンビア号の事故が最後の事故になるという保証もありません。50回から100回に1回という事故確率はそれほど劇的に改善したとは思えないからです。

スペースシャトルに乗り込むということ

一般にはそれほど知られていないファインマンの分析は、後に単にAppendix Fと呼ばれるほど関係者の間では有名になりました。山崎直子さんもその存在は知っていたでしょうし、読んでいた可能性も十分にあります。むしろ間違いなく読んでいたでしょう。山崎さんは東大で航空宇宙工学の修士号を取った技術者です。他の宇宙飛行士もほとんどが技術系の専門家で、かれらにとってファインマンのAppendix Fが明快かつ冷静にスペースシャトルの危険性を指摘していることは容易に理解できるはずです。

Appendix Fが正しければスペースシャトルの事故の確率は少なくとも100回に1回、1%はあることになります。スペースシャトルの乗組員になるということは1%の死の可能性を受け入れるということです。1%の死の確率を受け入れることができるかどうかは、その人や状況によって違ってくるでしょう。しかし、1%はそのために遺言状を書くのに十分なほど高い確率だと言えるでしょう。楽しげにスペースシャトルから笑いかける山崎さんもその家族も、尋常とはいえない覚悟を持っていたことは間違いありません。

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馬場 正博
経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー

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