フェイク・ニュース(偽情報)の脅威

最大のソーシャル・ネットワークのフェイスブックでフェイク・ニュース(偽情報)が拡大し、世界の政情にも少なからずの影響を及ぼしてきた。独週刊誌シュピーゲル最新号(12月10日号)は「フェイク・ニュースの影響」について、4頁に渡って報じ、「情報時代は偽情報時代となった」と嘆いた米紙ワシントン・ポストの警告を紹介している。

11月の米大統領選は歴代最もダーティーな選挙戦といわれ、米民主党候補者のヒラリー・クリントン氏と米共和党候補者ドナルド・トランプ氏の間では中傷・誹謗合戦が展開され、ソーシャル・ネットワークではフェイク・ニュース(Fake News) がその影響力を発揮した。

有名な実例としては、米大統領選で“ピザ・ゲート事件”と呼ばれるフェイク・ニュースがあった。11月初め頃、クリントン氏がピザ店の地下で極秘に運営されていた小児愛組織に関与していた、という偽情報がソーシャル・ネットワークで流れた。それを真剣に受け取った28歳の男が性奴隷となっている子供を解放するためピザ店を襲撃するという事件が起きたのだ。また、「ローマ・カトリック教会最高指導者フランシスコ法王がトランプ氏を支持すると表明した」といった情報が流れた、といった具合だ。もちろん、事実ではなかった。

シュピーゲル誌によれば、フェイク・ニュースはドイツで既に犠牲者を出している。例えば、ベルリンの連邦首相府付次官の社会民主党(SPD)議員が難民統合税の導入を主張したという情報が流れた。同議員がテレビ番組の中で語ったというのだ。同議員は、「自分は統合税の導入など一言も述べていない」という。同議員の関係者が調査したところ、同議員の発言として実際に統合税導入のニュースがフェイスブック上で大きな反響を呼んでいることが分かった。典型的なフェイク・ニュースだ。同議員は「インターネットの世界は新しい政治の戦場となっている」と述懐したという。

ドイツでは来秋、連邦議会選挙が実施されるが、メルケル首相は、「わが国の選挙戦でも米国大統領選と同様、フェイク・ニュースがソーシャル・ネットワークで特定の政治家への誹謗・中傷を目的に席巻する危険性がある」と警戒している。

具体的には、ソーシャル・メディアを武器として台頭してきた新党「ドイツのための選択肢」(AfD)が米大統領選のトランプ氏の勝利に学んでソーシャル・ネットワークでフェイク・ニュースを大量発信してくるのではないか、という懸念だ。

シュタインマイヤー外相は、「ソーシャルメディアがプロパガンダや偽情報の目的に迅速に悪用されている」と述べている。シュピーゲル誌によると、メルケル首相の与党「キリスト教民主同盟」はフェイク・ニュースに対応する「迅速対応チーム」を構成し、うそ情報の拡大を阻止する考えだという。

メディア関係者ならば情報の背景について慎重に分析できるかもしれないが、普通の国民は情報が事実か嘘かを見分けることが難しい。だから、フェイク情報を事実と信じてしまう危険性は大きい。シュピーゲル誌は「フェイク・ニュースの席巻は民主主義の危機だ」と警告を発しているほどだ(「『世論調査』に死刑宣言が下された?」2016年11月12日参考)。

蛇足だが、フェイク・ニュースは決してソーシャル・メディアだけの問題ではないし、小政党やポピュリストの専売特許ではない。既成の大政党が公約破りを繰り返し、うそは至る所で堂々とまかり通っている。人類最大の嘘は「神は存在しない」というフェイク・ニュースだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年12月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。