テロの脅威がドイツにも..欧州は今後どうなるか

2016年12月22日 06:00

今週月曜日に、ドイツの首都ベルリンでイスラム過激派系による犯行と思われるテロ事件が発生した。犯行の手口はトラック運転手を殺害してトラックを盗み、クリスマスで賑わう市場にそのまま突っ込むという、テロ計画としてはあまりに不確定要素を含んだ場当たり的なものだ。犯人は自爆も自殺もせず逃走中であり、未だに逮捕されていない。

これまで容疑者とされていたパキスタン系の「asylum-seeker/難民申請者」Naved Baluch氏23歳が特に何の懲罰も受けることなく解放され、現在はトラックに残っていた物証などからたどり着いたチュニジア国籍の真犯人と思われる人物を指名手配しているとのことだ。

銃の入手が比較的容易な欧州や米国では、この手の犯行はやろうと思えば誰でも出来るし、それほど時間をかけて準備する必要もない。テロ事件の犯行手口の複雑性は明らかに低下してきているとはいえ、この手の単純な犯行が今後も散発的に繰り返される可能性は決して低くない。

今回に関しては「イスラム国」側が犯行声明を出しているようだが、本当にイスラム国の関与があったか否かは定かではない。というのも、この手の事件なら個人でも起こせる。ニースのBastille Day攻撃に関しても、本当にイスラム国が関与していたのか疑問視する声は上がっている。

パリやニースなどフランスの都市、及びベルギーなど近年はフランス語圏がテロの標的となる傾向が続いていたが、さすがにフランスの警備も強化されつつあり、ここにきてドイツに軸足を移してきたことは、何を示唆するだろうか。

まず、ドイツ世論の硬化は予想される。これから迎えるクリスマスや新年にあたって警備強化を求める声は少なくとも一時的に急上昇するだろう。また、最初に殺害されたトラック運転手がポーランド系移民であったことによって、リベラル派の常套手段である「レイシストレッテル貼り」による懲罰感情の抑制が困難になっている。被害者に同情し怒りを表明するポーランド系住民をドイツ人の権力層が「レイシスト」呼ばわりすることはそれ自体が「人種差別」だとして逆にドイツ系とポーランド系の溝を深めてしまうからだ。従ってドイツに多数居住する特に東欧出身の非ドイツ系白人層の中で反イスラム・反有色人種感情が高まる可能性は高い。実際ドイツでは今年中国系留学生の女性がドイツ人(東欧系白人と思われる)のカップルに強姦殺害されるという事件が発生している。

次に、フランス、ドイツとくれば次はイギリスのロンドンが標的にされる可能性は非常に高い。英国ではそうした懸念が微妙に広がりつつある。ロンドンはパリやベルリンに比べて監視カメラの配備が進んでおり、イスラム系住民が非常に多いとはいえその大半はインド・パキスタン系の非中東系であることから比較的安全と考えられているが、それでも不良化した移民系の若者による犯罪は多発しており、先日も日本人が比較的に多く住むWest Hampstead駅近くのKilburn High Road上で銃殺による殺人事件が生じるなど、暴力事件は常態化している。

無論白人の英国人による犯罪が無いというわけでもなく、特に薬物関連の犯罪には英国籍の者も関わっている場合が少なくないとはいえ、殺人のような凶悪犯罪ともなると圧倒的に移民系の不良集団間の暴力事件が多い。またテロ事件も圧倒的にイスラム移民系の過激化によるものが多く、犯罪と移民貧困層の繋がりは決して単純な偏見と片付けられない程度に強い。

欧州は確かにリベラリズムの基礎の上に成り立つ「政治的正しさ」に支配されており、必ずしも厳格な反動政策を取ることができるような状況ではないどころか、日本と同程度に厳しい移民政策や国籍政策を取ることさえ困難なのは事実だ。

とはいえ、最近の欧州は変わりつつある。オバマ政権下のアメリカはある種の政治的正しさを代表する面をも象徴的に兼ね備えていたが、世界全体に対し最大の影響力を持つアメリカがトランプ政権によって運営されることになるという事実そのものが、欧州にとっての「正しさ」の定義を根底から変えつつある。

「政治的正しさ」のイデオロギーは流動性の高い雇用形態を特徴とする西欧社会において「政治的に正しくない」見解を持つことが個人の収入に様々な形で影響することで維持され、再強化されてきていた。実際、例えば日本でも「外資系企業」としてよく知られている西欧の有名企業のインターンシップや本採用枠にアプリケーションを提出する際、その中に含められているエントリーシートのアンケート等では「あなたは文化の異なる人々と上手くコミュニケーションをとることができますか?」などといった「政治的正しさ」に関連する質問が必ずといってもいいほど含まれている。

無論「政治的に正しい」見解を持つことで有利な立場に立てるわけでもないし、政治的に正しくない見解の持ち主が成功する場合もあるのだろうが、一般的には職務と直接関係のない部分ではなるべくリスクを避けるのは当然のことなので、より若い世代の、より就職難に苦しむ者ほど「政治的に正しく」あらねばならないという圧力を感じやすい状況にある、というのがこれまでの欧州における暗黙の了解であった。

ところがトランプ氏が米次期大統領として君臨していることで、資本と「政治的正しさ」の癒着状態が今後も続くとは限らないという可能性が出てきた。元来人に白い眼で見られることを極度に嫌うが故に政治的に正しく振舞っていたに過ぎない「普通の」英国人は、その必要がなくなれば強いてPCを積極的に維持していこうとはしない。彼らはただ周りの様子を伺い、沈黙を守りながらその沈黙によって静かに状況を変えていく。もしこの雰囲気の中英国でテロ事件が発生しようものなら、これまでとは逆の方向の「政治的正しさ」が力を増していくかもしれない。既にフランスやドイツでは、この種の思想的地殻変動が徐々に進行している。今回の一件は、特にドイツにおけるこの傾向に拍車をかけることになっただろう。

 

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑