リスクは誰が負担するか?

荘司 雅彦
リスク(写真AC)

リスク負担はどのように決まるのか?(写真ACより:編集部)

法制度や紛争解決を経済学的に考えるにあたって、「誰がリスクを負担すべきか?」ということは最も重要な問題です。そして、常に念頭に置いておくべき最低限の課題でもあります。

具体例を考えてみましょう。
中東産の原油を日本の商社が買い付け、イギリスの船会社に運搬を依頼しました。ところが、停泊地で予想外の戦争が勃発したため船会社は原油を日本に運ぶことが出来ませんでした。契約条項がなかった場合、これによって生じた損害は日本の商社が負担すべきでしょうか?それともイギリスの船会社が負担すべきでしょうか?

一般論として考えれば、イギリスの船会社が負担するのが妥当です。なぜなら、イギリスの船会社はどの航路を通るのが安全かについて日本の商社よりも知悉しているので、”より損害の発生を防止できる立場”にあったからです。また、運送に関して保険をかけることもできたはずです。

このように、一般論としては、「損害発生を防止しやすい立場にある方が損害のリスクを負担する」というのが大原則です。
しかしながら、日本の商社がイギリスの船会社ではなく中国の格安船会社に運送を依頼したとしたらどうでしょう?(念のため付記しますが、私は中国に対して偏見を持ってはいません。説明の便宜上です)
イギリスの実績のある船会社に依頼することもできたのに、費用を節約するために中国の格安船会社に運送を依頼した。本来なら1000万円かかるところを300万円で済ませた。

こういう場合、日本の商社としては、イザという時に備えて保険契約を結んでおくくらいのことはすべきだと思いませんか?保険会社に支払う保険料が200万円だとしても、イギリスの船会社に支払う費用の半額で済むのですから。

ここで先述の大原則を思い出してみましょう。「損害発生を防止しやすい立場にある方が損害のリスクを負担する」でしたね。

中国の格安船会社が保険をかけることは期待できません。おそらくギリギリの経費で運搬しているでしょうから。そうであれば、保険をかけていないことを承知している日本の商社が、せめて自社で保険くらいはかけるべきだったたと考えるのが妥当でしょう。ですから、この場合の損害は、保険をかけなかった日本の商社が負担すべきです。

このように、リスクをどのように振り分けるかについては、双方の情報量や経験値だけでなく、双方が支出した費用によっても左右されるのです。

そこで、大原則である「損害発生を防止しやすい立場にある方」を経済学的に説明すると、「より安価なコストで損害発生防止の措置を講じることができた方」と言い換えることができます。

「より安価なコストで損害発生防止の措置を講じることができた方が、損害発生の責任を負う」という大原則を、この機会に頭の中に叩き込んでおいて下さいね。

もちろん、損害をいずれかが全額負担するという「オール・オア・ナッシング」の解決よりも「どちらがいくら負担するか」という交渉になることが実際上ははるかに多いでしょう。そういう場合でも、大原則の基準に照らし合わせれば、自ずから双方が納得できる負担割合を導き出すことができるはずです。

 


編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2016年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。