ASKA放免は、検察が警察に対するチェック機能を果たしたケース

2016年12月23日 06:00
AKSA

ASKA氏のアルバム『「僕にできること」いま歌うシリーズ』より(編集部)

政治マターから離れてしまうと、私は一介の弁護士に戻ってしまう。

弁護士は守秘義務があり、弁護士倫理で濫りに他の弁護士が担当している事件や担当したことがある事件について言及することは望ましくないこととされているので、あれれ、と思うような事件でも滅多に自分の本音を言わないものである。

しかし最近は弁護士の仕事の在り方について独自の考え方が増えているようで、自分の担当する事件について詳細に報告する人もいる。

まあ、お気を付けあそばせ、というところだが、お蔭で自分が担当していない事件についてかなり詳細に内容を把握することが出来るようになったので、危ないなあ、と思いながら、情報の公開自体は歓迎している。

ところで、担当されている弁護人からは一切何のコメントも出てきていないのだが、それでも結構多くの弁護士が関心を持っているだろうと思われるのが、今回のASKA無罪放免事件である。

警察当局の捜査の杜撰さを厳しく咎めるコメントもあれば、検察当局のへっぴり腰を批判するような論調のコメントも出てきているので、私も刑事弁護士の端くれとして一つだけコメントしておこうと思う。

検察は、よく警察の不適切捜査をチェックした、よくやったじゃないか、というのが私の感想である。

世の中には警察も検察も同じだとか、警察と検察は一体で、グルだなどと思っておられる方もおられるだろうが、私は警察は基本的には行政の一環で、検察はあくまで司法だ、と認識している。

警察の杜撰捜査を見逃さなかったのだから、今回の検察はちゃんと司法としての役割を果たした。
検察が機能したのだから、ここは、検察を評価するのがいい。

検察は警察をチェックし、捜査の適正を担保するのが基本的な役割で、刑事裁判所は検察をチェックし、検察の捜査指揮の適正を担保するのがその基本的な役割だろう、というのが、極めて雑駁だが、私の基本的な認識である。

しかし、これがこれまで結構ルーズだった。
検察は警察の言うことを鵜呑みにし、裁判所は検察を基本的に疑わない。

検察も裁判所ももっとシャキッとしないといけない、というのが私の考えなのだが、今回のASKA無罪放免事件については、警察当局は見事にASKAの捜査攪乱戦術に乗せられてしまったな、と思わないでもないが、検察は、警察の言い分を鵜呑みにしないで、ちゃんと仕事をした。

まあ、当然のことなのだが、検察官でさえ証拠の隠蔽や捏造をしたことがあるという事実が明らかになっているのだから、今回に関しては、お茶を尿だと見間違えなかった検察官を褒めておこう。


編集部より:この記事は、弁護士・元衆議院議員、早川忠孝氏のブログ 2016年12月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は早川氏の公式ブログ「早川忠孝の一念発起・日々新たに」をご覧ください。

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