テロリストとトラック運転手

長谷川 良

両者は人生で会合するとは考えていなかっただろうが、クリスマス6日前の今月19日、ベルリンで偶然出会い、一人は19日、もう一人は23日、それぞれ射殺された。前者はポーランド人の大型トラック運転手 Lukasz U (37)、後者はチュニジア人でイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を信奉するテロリストのアニス・アムリ容疑者(24)だ。

ドイツ・トラックテロ

▲ベルリンのクリスマス市場に突入した大型トラック(2016年12月20日、ドイツ民間放送「N24」の中継放送から)

アムリ容疑者がUに最初に出会ったのは、19日午前、Uがトラックの鉄鋼材の荷下ろしが遅れたので近くの軽食堂で食事を取っていた時とみられる。GPSの位置情報から、Uは19日朝、イタリアからベルリンに到着していることが判明している。

アムリ容疑者は抵抗するUをナイフで脅し、そして最後はピストルで射殺した。事件発生前、運転手は既に殺されていた、という情報が流れたが、司法解剖の結果、アムリ容疑者がクリスマス市場にトラックで乱入し、無差別殺人を行おうとしていた時もUは生きており、アムリ容疑者の蛮行を懸命に防ぐために抵抗していたという。アムリ容疑者もその際、返り傷を受けている。

アムリ容疑者はクリスマス市場に乱入して、60メートルから80メートル走った後、左側に切って、トラックを止めて逃げている。ポーランドのメディアによれば、Uは体重120キロで頑強な体力を持っていたという。アムリ容疑者は抵抗するUと格闘した後、最後はピストルを取り出さざるを得なくなったのだろう。

アムリ容疑者は12人を殺害し、53人を重軽傷を負わせた後、トラックから降りて逃げたが、Uが抵抗しなかったならば、さらに多くの犠牲者が出た可能性は十分考えられる。

フランス革命記念日の日(7月14日)、フランス南部ニースの市中心部のプロムナード・デ・ザングレの遊歩道付近でチュニジア出身の31歳のテロリストがトラックで群衆に向かって暴走し、85人が犠牲となった事件が発生したばかりだ。ベルリンのクリスマス市場でのトラック突入事件はそれと酷似している。Uはベルリンのテロ事件を“第2のニース事件”となるのを防いだというわけだ。

トラック運転手の命がけの抵抗があったことが明らかになると、ドイツ国民の中にはトラック運転手に報奨金とドイツ連邦功労勲章を与えるべきだという声が高まっている。オンラインで署名運動が始まっている。独週刊誌シュピーゲル電子版によると、24日現在、1万3500人の署名が集まったという。

一方、アムリ容疑者は23日早朝、逃避先のイタリアのミラノ近郊でパトロール中の2人のイタリア警察官から職務質問を受け、抵抗したために射殺された。なぜアムリ容疑者がイタリア・ミラノに逃げ、地下鉄MI線で終点のセスト・サン・ジョヴァンニで下車したのか、共犯者と会う予定だったのかは不明だ。今後の捜査を待たなければならない

両者の人間ドラマはイタリアから始まっている。Uはトリノで鉄鋼材を積み、ベルリンに運び、そこでアムリ容疑者に襲撃された。そしてテロリストはベルリンから列車でフランス東部シャンベリ経由でイタリアのトリノ、そしてミラノに逃げ、そこでイタリア警察官に射殺されたわけだ。ちなみに、イタリア警察官は射殺した人物がベルリンのトラック乱入テロ事件のアムリ容疑者とは知らなかったという。

ベルリンの「トラック乱入テロ事件」は偶然にもイタリア(トリノ)で始まり、イタリア(ミラノ)で幕を閉じたわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年12月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。