【映画評】MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間

Miles Ahead

ジャズ界の頂点に君臨する天才トランペッター、マイルス・デイヴィスは、1970年代後半、活動を休止していた。腰痛に悩まされ、自宅に引きこもるマイルスのもとに、音楽記者のデイヴ・ブレイデンが強引に押しかける。マイルスは、ドラッグや酒、鎮痛剤で荒れた生活を送りながら、元妻フランシスとの苦い思い出に囚われていた。マイルスとデイヴは行動を共にするうちに、悪辣な音楽プロデューサーが盗んだマスターテープを取り戻すため、危険なチェイスに身を投じていく…。

ジャズの帝王ことマイルス・デイヴィスが創作活動を休止していた70年代の空白の5年間を背景に、彼がもう一度音楽への道を見出していくまでを描く「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」。マイルス・デイヴィスがカーチェイスに銃撃戦?!B級アクションのようなビックリ仰天のオープニングから始まるこの映画は、マイルスが公の場から姿を消していた空白の時期を「もし、こうだったら…」という自由な発想…、いや、むしろ妄想に近い演出で描く異色の伝記映画だ。マイルスになりきって熱演するドン・チードルは、これが初監督作だが、脚本、主演も兼ねていて“マイルス愛”がビシバシと伝わってくる。

マイルスはこの時期、トランペットや音楽に対する情熱を失っているかに見えるが、取材を熱望する記者デイヴや、自分に憧れる若者と接するうちに、そして未発表の大切なテープが奪われるという重大なアクシデントに遭遇するうちに、いやがおうでも音楽と再び向き合うことになる。美しい元妻との苦い思い出や、彼ほどのスーパースターでさえも経験した人種差別など、エピソードはジャズの即興演奏にも似て散発的に記憶に現れては消えていく。自分の音楽は、ジャズという既成概念で語られるものではない。この強い自尊心が「ジャズと呼ぶな。ソーシャルミュージックだ」との言葉に凝縮されていた。正統派の伝記映画ではないが、空白の時を虚実と愛で埋める奇妙なエネルギーを感じる作品だ。ラストのセッションシーンに登場する、ハービー・ハンコックやアントニオ・サンチェスら、大物ミュージシャンの出演も見逃せない。
【60点】
(原題「MILES AHEAD」)
(アメリカ/スティーヴン・ベーグルマン監督/ドン・チードル、ユアン・マクレガー、エマヤツィ・コーリナルディ、他)
(なりきり度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年12月27日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookより引用)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。