【映画評】こころに剣士を

第二次世界大戦中はナチス・ドイツに、末期からはソ連占領下でスターリンの恐怖政治に翻弄されたエストニア。1950年代初頭、秘密警察に追われる元フェンシング選手のエンデルは、エストニアの田舎町に、小学校教師として身を隠す。人々は圧政によって鬱屈とした生活を強いられ、子どもたちの多くは親を奪われていた。最初は子どもが苦手なエンデルだったが、課外授業でフェンシングを教えるうちに、互いに心を通わせ、生きがいを見出すようになる。そんなある日、子どもたちがレニングラードで開催されるフェンシングの全国大会に出たいと言い出す。逮捕されることを恐れ、ためらうエンデルだったが、子どもたちの夢を叶えるため、ついに出場を決意する…。

元フェンシング選手の実話を基に、秘密警察に追われる青年と子どもたちの交流を描く「こころに剣士を」。バルト三国のエストニアのハープサルという小さな町の名前は初めて聞いたが、欧州では美しくのどかなリゾート地として知られているそうだ。そんな場所にも暗く悲しい歴史がある。本作では、フェンシングを通して、勇気と誇りを持つことが希望となるというメッセージが描かれる。主人公エンデルはフェンシングの元スター選手だが、戦時中にドイツ軍にいたため、秘密警察に追われる身。息をひそめる様に逃げ回る人生に嫌気がさしているが、なす術がない。そんな彼を変えるのが、子どもたちの存在だ。圧政によって人々が希望を失っていても、独善的な考えでエンデルを追い詰める校長の理不尽に接しても、未来を担う子どもたちの存在と、騎士道に通じるフェンシングが本来持つ気高さが、行くべき道を示してくれたのだ。スターリンの圧政で親を奪われた子どもたちとエンデルが擬似親子のような関係になる展開もいい。とりわけ、しっかり者で前向きな少女マルタの勇気が感動を呼ぶ。出演している俳優たちは日本ではほとんど知られていないが、その誠実な演技に心を奪われた。「ヤコブへの手紙」など、丁寧な人間ドラマで知られるフィンランドの名監督クラウス・ハロは、スポーツを通して人間が希望を取り戻すというスタンダードな物語を、分かりやすい演出と美しいカメラワーク、あたたかいまなざしで語ってくれた。地味だが心に残る秀作に仕上がっている。
【75点】
(原題「THE FENCER/MIEKKAILIJA」)
(フィンランド・エストニア・ドイツ/クラウス・ハロ監督/マルト・アヴァンディ、ウルスラ・ラタセップ、レムビット・ウルフサク、他)
(勇気度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年12月28日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookより引用)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。