行方不明留学生の容疑者はチリ国籍と判明

2016年12月30日 06:00

既に日本のメディアでも報道されているが、仏メディアでもようやく黒崎愛海さん失踪事件の容疑者である男性の国籍が明らかにされた。

L’Est Républicainの記事によれば、この20代のチリ人容疑者は黒崎さんの元交際相手であるとされ、かつフジテレビの報道ではスペイン語、フランス語及び日本語も話せると言われている。

フランス語は「たどたどしい」と言われていたことを考えれば、容疑者はスペイン語母語話者の普通のチリ人男性であると考えるのが現段階では妥当だろう。

だが、不可解なのはこの容疑者は今月7日から12日の間に母国へ帰っているとされているにも関わらず、前回述べた通り愛海さんを19日にVerdunで目撃したという証言がある点だ。この証言が人違いでなく信憑性のあるものであり、かつ容疑者も確かに12日以前に帰国していたのであれば、少なくとも被害者はこの容疑者本人によって殺害された可能性は低そうである。仏警察側もこの矛盾に多少困惑しているようだ。

いずれにせよ、南米は中東のように国際戦争状態になっているわけでもなければ歴史的な宗教対立があるわけでもないにも関わらず、薬物を巡る内紛等などにより国内治安が恒常的に悪いことで知られ、特にホンジュラスなどは「世界で最も危険な地域」と揶揄されるなど不名誉な状態が続いている。

私は特に南米事情に詳しいわけではないが、高校時代にホンジュラスに一人で留学した経験のある大陸ヨーロッパ系の友人(女性)によれば、南米(ホンジュラス)は「危険と言われているが、気をつけていれば事件に巻き込まれることはない」とはいえ、やはり「警戒すべき人物が多いのは事実」であり、そういう人を的確に見分けて上手く避ける社交スキルは必須だとのことである。

UNODCのデータに基づくwikipediaのランキングによると、南米における犯罪発生率は実は全体としてはアフリカよりも高く、世界で最も殺人事件発生率が高いのはホンジュラスである。中東地域は内紛という異常事態に苦しむことが多いので一般に「危険」というイメージがつきまとっているが、平時にはシリアやリビアなどの中東「独裁」国家の犯罪発生率は実はそんなに高くはない。殺人事件発生率については、シリア等を含めた中東諸国は軒並みチリの3.6以下あるいはその前後であり、17を超えるあたりからは多少のアフリカ国家が混じる以外には中南米諸国が独占している。最悪と言われるホンジュラスのレートは84.6だ。ちなみに日本の殺人事件発生率は0.3とされており、人口一億人以上を抱える巨大先進国としては異常なほど低い。言い方を変えれば、日本で1件の殺人事件が発生する間にチリでは12件の殺人事件が生じ、かつホンジュラスでは282件の殺人事件が生じるということだ。日本よりも犯罪率が低いのはほぼ0とされるアンドラ、モナコ及びサンマリノという人口の少ない小国ばかりであり、日本と同程度の国でさえインドネシアという例外を除けばシンガポールやアイスランドなどの人口が少なく比較的富裕であることで知られる小規模国家がほとんどだ。これが「文化の差」の一つの現れである。

乱暴に言えば、チリへ行く時には日本にいる時の10倍の警戒が必要で、ホンジュラスの場合はおよそ300倍の警戒が必要だということになる。日本にいる場合なら100万人中のたった三人に気をつけていればいいのだとすれば、ホンジュラスでは約千人に1人を「殺人者」かもしれないと疑ってかからねばならない。いずれの場合も実際に事件に巻き込まれる可能性はそれほど高くないにしても、治安の違いは一目瞭然だろう。

無論人間誰しも自分が本当に事件に巻き込まれるとは考えないものなので、特に旅に慣れていて既に実際に危険地域に行ったことのある人は特に「危険」だと考えないかもしれない。そういう人からすれば、統計データに基づく「南米は危険」という先入観は偏見に過ぎないのだろう。だが、「細心の注意を払えば安全に生活できる」ことと「ほとんど注意しなくとも安全に生活できる」どころか「周りの人が安全に生活できるように助けてくれる」ことの間の「文化の差」は非常に大きい。

現地人が現地語のわからない外国人を見かけた場合、最も想定されうる行動が「親切に道案内をしてくれる」となる国と、「とりあえず金をスっておく」となる国と、「男性なら強盗殺害、女性なら強姦殺害する」可能性もある国とでは全然違うのであり、「皆同じ人間」だというレトリックはこういう場面で使うべきではない。また、それは例えばホンジュラスに生きる残り99.9%の殺人を犯さない人々に対して使われるべきであって、残り0.1%の殺人犯には使われるべきではない言葉だ。

人に対して偏見を持てというのではないが、日常的に薬物やアルコールを摂取している「陽気」な人々を酒もタバコもやらない「真面目」な人々と同程度に信用するのは合理的ではないだろう。南米に限らず、日本とは根本的に異なる治安水準を持つ国の人々やドラッグを常用しているような人々とは一定の節度を持って接するに越したことはない。貧困にも関わらずいつも陽気に振る舞う彼らの「明るい」性格を支えているのは、性格的な楽天性だけではないかもしれないのだから。

*追記:Verdunで目撃されたのは別の三十代のアジア人女性で、愛海さんではなく日本国籍者でもないとの続報が出た。21歳の日本人女性と三十代の非日本国籍のアジア人女性を見間違えるというのは、それ自体が興味深い文化現象であるが、やはり田舎の一般のフランス人のアジア人識別能力というのはそんなものなのだろうか。良心的なのは有難いが、その分今回の誤解はヨーロッパ人にとってアジア人は何の悪意もなくただ純粋に「見分けがつかない」という事実をはっきりと指摘しているかのようだ。ここからは余談になるが、東アジアでは各国民が互いに自己を他の東アジアの国々の住民と差別化しようとするナショナル・プライドの競い合いが常態化している。だが、以上のように欧米の白人(あるいは黒人/インド人等の全ての非東アジア人)から見れば皆同じ「アジア人」で見分けさえつかないというのが現実である。見た目では区別してもらえないのであれば、日頃から態度で「日本人らしさ」を示しておくことはいざという時の為に案外重要であるかもしれない。今日の欧州においてグローバル人材としての「優秀なアジア人」は無数に存在するしそれこそ見分けがつかないが、「日本人」は今では比較的珍しい存在であり、かつかなり肯定的に評価される「価値」である。(私自身も、単に「アジア人」であるというだけでは大して私に関心を持たなかった人々に「日本人」であることを伝えた途端に興味をもたれるようになったという経験は何度もある。といってもそれは「日本人」が他のアジア人より優れている云々ということではなく、単なる「アジア人」よりは面白いということに過ぎない。別に日本人でなくとも「韓国人」や「中国人」でも「それらしさ」を持っていれば西欧人は興味を示す。つまり重要なのは西欧とは違う「文化」を身につけているという点だ。普遍的でグローバルな単一文化に染まっていないからこそ面白いということである。)内輪で細かな差異を指摘し合ったり、あるいは「グローバル」で「普遍的」な文化のみを身につけて癖のない「エリート」の型にしっかりはまるよりも、外国人にもわかりやすい「日本人らしさ」をもっとアピールした方が欧米では非常に肯定的に評価される「オリジナリティ」という価値を生めるかもしれない。

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