3.9+5.1=9.0は、不正解である

2017年01月01日 09:10

姪っ子の小3算数テストで、3.9+5.1=9.0を不正解にされたという写真がTwitterに投稿されて話題になりました。

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茂木健一郎氏は、つねづね小学校の算数教育への懸念を示されています。

かけ算の順序、足し算の順序、という「問題」があって、2x3=6は正解だが、3x2=6は不正解、同じように2+3=5は正解だが、3+2=5は不正解、という「世界」があるのだという。詳細はアホらしいので書かないが、もし興味がある方は検索してみて欲しい。

ここで言う「2x3=6は正解だが、3x2=6は不正解」というのは、「みかんが1袋に2こはいっていました。3袋でいくつになりますか。」とか聞かれた場合に「1あたりの量」×「いくつ分」=「総量」という式に当てはめて立式しなければならないということ(らしいの)です。文章題において掛け算の順番などどちらでも良いと主張すること=掛け算の意味を理解していないということになるのです。

しかし、教員の視点からすると、これは別の理由で譲れない点なのです。なぜなら、教員は、学力という「結果」よりも、教員の指示通りに解答していないという「プロセス」に重きを置くからです。

こういった点を擁護する理屈もありますが、ためにする議論のような気がします。

とにかく、学校は「プロセス」重視なのです。ここで不正解になったのは、教員に言われたとおりにやっていない、ということが最大の理由です。教員は、学力など求められていません。学力などという「結果」を教員も学校も(場合によっては世間も)求めていないのです。
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小学校の教室には、だいたいこんな掲示がかかげられています。当たり前のような標語ですが、これが意外と曲者なのです。つまり、授業がどんなにつまらなかろうが、わからなかろうが、わかりきっていようが、こういった態度で臨むことが望ましいし、こうした態度をさせられる教師が学力とは関係なく優秀な教員ですし、これができない教員は不適格教員にされてしまいます。わかりきっている子どもが、ノートに落書きをしていようものなら、その授業は失敗の烙印をおされてしまいます。もちろんノートも黒板通りに記録しないと教師に叱責されてしまいます。わたしがヘンだなと思うのは、この標語が授業の「前提」条件ではなく、「目的」になっているということです。

おそらく、10年、20年前と比べてこの「プロセス」重視はさらに進み、小中学校は茂木健一郎さんのような天才・奇人が生きづらい社会になってしまいました。発達障害に認定される子どもが増えたのも、これが理由のひとつだと疑っています。私が常々申し上げている、日本の教育問題は学力問題ではないということに同意してくれる人は、いないものでしょうか。

中沢 良平(元小学校教諭)

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