フェイクニュースと言論の自由

長谷川 良
フェイクニュースイメージ(写真AC)

日本でも「フェイクニュース」が社会を揺るがす事態があるのか?(写真ACより:編集部)

新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。皆さまの上に神の祝福がありますように。

チェコで10月、議会選挙が実施されるが、偽情報(フェイクニュース)を監視し、偽情報が総選挙に影響を与えることがないようにするために1月1日、内務省に20人構成の「偽情報対策部」が設置され、ソーシャル・メディアで席巻すフェイクニュースを監視する予定だ。具体的には、ロシアが運営する約40のウェブサイトがチェコ国内で偽情報を垂れ流していることから、その対応に取り組むことになる。

ドイツでも9月に連邦議会選挙が実施されるが、メルケル連立政権内で偽情報への対策を求める声が高まっている。偽情報を発信した者に刑罰を処するべきだという強硬意見が聞かれる。メルケル首相自身も「わが国の選挙戦でも米国大統領選と同様、フェイクニュースがソーシャル・メディアで特定の政治家へ誹謗・中傷を繰り返す危険性がある」と警戒を発していることはこのコラム欄でも紹介した。今年は3月にオランダの議会選、4月、5月にはフランス大統領選、そして9月に独総選挙と欧州主要国で総選挙が控えているだけに、政治家はフェイクニュースに神経質になってきている。

ところで、フェイクニュースが突然発生し出したわけではない。偽情報は昔からあったが、昨年11月の米大統領選で米民主党候補者のヒラリー・クリントン氏と米共和党候補者ドナルド・トランプ氏の間で中傷・誹謗合戦が展開され、ソーシャル・ネットワークでフェイクニュースが席巻したこともあって、改めて注目を浴びているわけだ。

米大統領選で“ピザ・ゲート事件”と呼ばれるフェイクニュースがあった。クリントン氏がピザ店の地下で極秘に運営されていた小児性愛組織に関与していた、という偽情報がソーシャル・ネットワークで流れた。それを真剣に受け取った28歳の男が性奴隷となっている子供を解放するためピザ店を襲撃するという事件が起きた。最近では、パキスタン現国防相が偽情報の犠牲となっている。イスラエル前国防相が、「パキスタンが過激派組織『イスラム国』(IS)対策でシリアに軍を派兵したら、核攻撃でパキスタンを破壊する」と語ったという偽情報をパキスタンの国防相が信じ、自身のツイッターで「イスラエルへの核攻撃をも辞さない」と投稿したというのだ。

フェイクニュースを取り締まるという目的はいいが、それでは「誰がそれを偽情報と判断し、誰がそれは偽ではないと判定するのか」という厄介な問題が浮かび上がってくる。もちろん、「言論の自由」との係りもでてくる。

オーストリア代表紙プレッセ(12月30日付)に寄稿したコラムニストのクリスチャン・オルトナー氏は、「言論の自由が、正しく・危険ではない情報だけに該当するとすれば、それは真の言論の自由とはいえない」と主張している。その上で、偽情報を監視する機関を設置する案に対して、「偽情報の真偽を国家が設置した機関や委員会に委ねるべきではない。偽情報の犠牲者は既成の刑法で十分に対応できる」と述べている。

私たちが生きている社会にはどの分野でも偽情報は存在するし、正しい情報が偽情報に押され気味なところさえある。偽情報を全て処罰の対象とし、それを監視するとすれば、社会活動は機能しなくなってしまう。それほど、偽情報は氾濫している。

本当のように見えるが実はうそであり、うそと思われてきたことが正しかったことだってあり得る。偽情報にも一定の「言論の自由」を認めるわけは、本当の情報がうそと受け取られ捨てられる危険性を回避するためだ。情報の真偽は最終的には個々人が自主的に判断し、対応する以外にない。その意味で、われわれは賢明でなければならないわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年1月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。