学校化する社会 会社化する学校

2017年01月03日 09:23

日本は「プロセス」社会

前回、学校は、学力という「結果」よりも「プロセス」を重視すると指摘しました。この「プロセス」重視というのは、わたしの創見ではなく、元ゴールドマンサックスで、現在は小西美術工藝社の社長をされているデービッド・アトキンソンさんが日本企業の生産性の低さの理由として指摘されていたことです。

アトキンソンさんは、著書でこう述べています。

(日本は生産性において)なぜこのような非効率がまかり通っているのか?こういう状況を招く日本の組織や働き方のエラーとは、プロセスを重視しすぎる、ということだと思います。(中略)残業がかなり多いのに、一人あたりのGDPが上がらないというのは、理屈上、GDP効果につながらないような、ただ会社にいるだけの行為を美徳にしているのか、経済効果のない仕事が多いということになります。

学校と会社の共通点

学校と(多くの)会社は、「プロセス」で評価するということが共通しています。成果主義がまかり通って社会が荒廃したといわれていますが、実際は、電通の件のように相変わらず「プロセス」を評価される現実がわれわれを苦しめているように思います。「結果」ではなく「プロセス」を評価するというのは一見優しいように思えますが、生産性と関係なしに、会社や上司、顧客への忠誠を「態度」で示さなくてはならないので、非人間的な評価ではないでしょうか。

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雇われて働く人の割合は、高度成長期が始まる1950年代は40%でした。70年代になると70%になり、90年代になると80%を超え、現代では90%という具合に常に上昇してきました。働くと言えば、雇われて働くというのが常識になっています。すでに、会社で働く以外にどのような働き方があるのかを、想像するのは難しくなってしまいました。

組織に所属している以上

現代思想家の内田樹さんが以前、近年の就学者の学習態度が劣化したことの原因として

彼らは学校に不快に耐えるためにやってくる。教育サービスは彼らの不快と引き換えに提供されるものとして観念されている。ですから、教室は不快と教育サービスの等価交換の場となるわけです。

と指摘されていました。わたしは、これは問題を逆にとらえているように思えます。日本の学校も会社も、等価交換どころか組織への過剰コミットメントを求めています。ここに労働生産性の低さ、ひいては日本人が幸福を感じることのできない土壌があるのではないでしょうか。

最大の問題は、学校制度が機能不全を起こしているから、日本企業の競争力が低いのではなく、学校制度が企業文化に過剰に適応してしまった結果が現状の停滞を生んでいるのではというのがわたしの推測です。学校の「態度教育」と日本企業の「プロセス」重視は絶妙にマッチングしてしまっているのです。大企業や公務員なら、この「プロセス」評価の苦役を耐えれば、相応の対価を得られるでしょう。しかし、それ以外の(中小企業等で働く)ほとんどの雇われて働く人は、相応の対価を得られる保証なく、過剰に会社にコミットメントさせられています(その行きついた先がブラック企業と言えます)。これは、小学校以来、努力(苦役)は必ず報われるという指導の賜物ではないでしょうか。

中沢 良平(元小学校教諭)

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