個人情報を守れない時代になった

山田 肇

昨年春、ロシアの写真家が行った実験が話題を呼んだ。地下鉄で100人の乗客をカメラで撮影し、顔認証アプリ「Find Face」でSNS上の写真と照合したところ、70%もの被写体が特定できたという。

Forbes日本版は、スマホの汚れで個人の特定が可能との論文が発表されたと伝えている。持ち主の食べ物の好みや、つけていた香水、飲んでいる薬が特定され、職業や趣味も推測できたという。

今日1月9日には産経ニュースが『「ピースサインは危険!!」 3メートル離れて撮影でも読み取り可能』と報じている。「カメラに何げなくピースのサインをするだけで、指紋が出回り悪用される恐れがあるという内容だった。

顔を隠し続けるのは不可能で、指紋が見えないように手の向きを保ち続けることもできない。カメラの性能向上、生体情報の認証技術の向上で、人々のプライバシーは風前の灯である。道路にカメラを設置し、走行中の自動車のナンバープレートを自動的に読み取り、手配車両と照合する「Nシステム」は1980年代後半から運用されてきた。行政事業レビューシートによれば、警察庁は「Nシステム」に2013年度には13億円、14年度には21億円を投じている。このように自動画像認証は費用がかかるものだったが、今では誰でも試せるものになった。

このような新技術にどう対応したらよいだろうか。プライバシーを侵害する技術は許さないとして利用を禁止するのが一案。代表例は、街中に設置される防犯カメラは「監視カメラ」だといって反対する運動である。しかし、スマホにピースサインをしただけで指紋が抽出できる今、この方向には未来はない。

他の案は、どうしても秘密を保ちたいものだけをしっかり守る方法。その第一歩は、逆説的だが、個人情報を提供することで個人や社会が利益を得る場合もあるということを理解することだ。ネットショップで買い物を続けるとお薦め品の案内が来るようになるが、これは購入履歴をネットショップに渡したからである。Suicaで利用者の移動履歴が把握できた結果「上野東京ライン」が生まれ、宇都宮・高崎・常磐線から都内への移動が楽になった。これらは、個人情報を守るだけでは生まれなかった価値である。

個人情報を提供してもよい場合があると理解したうえで、どんな個人情報は絶対に渡してはならないかについて個々人が判断できるようになる必要がある。産経ニュースによれば、研究者は「指紋などの生体情報は終生変えることができない。どう守っていくか啓蒙していきたい」と話したそうだが、確かに市民への教育は重要である。