帝国日本の「慰安婦」だけが問題化する背景

2017年01月11日 11:30

前回「慰安婦」問題に関して海外メディア(と言っても、私が日常的に確認しているのは主に英語及び仏語メディアのみなので、その他の言語のメディアについては基本的に英訳で確認していることを念のため断っておく)がどのように報じているかという点に関する問題提起を行なったところ反響があったので、今回はその「背景」についてもう少し掘り下げてみたい。

欧米における推定「20万人」という数字の根拠が示すもの

そもそも欧米系のメディアでは言語を問わずほとんどの場合慰安婦総数を「推定20万人」とする場合が多いが、その出所は何なのだろうか。日本では論者によって数字が異なるのだが、欧米では何か権威ある公式見解のようなものがあるのだろうか。この疑問を解くために少し調査をすると、英語及びフランス語における「従軍慰安婦」(英:comfort women/仏:femmes de réconfort)に関する比較的学術性の高い記事のいくつかは、「慰安婦」とされた女性の総数を推定20万人とする根拠として、Gay J. McDougallという元国連職員のフェミニスト活動家の1998年の報告書が参照元としていることがわかった。

例えば、2003年に出されたByun Young-Jooという韓国人女性とアルジェリア系フランス人のフェミニスト活動家Hélène Cixous氏の共著である   “À propos de l’affaire des « femmes de réconfort » de l’armée japonaise. La cinéaste Byun Young-Joo s’entretient avec Hélène Cixous” でもMcdougall氏の報告書が「推定20万人」という数字の出所であると示している。この事実は、慰安婦問題に関して何を示唆するだろうか。

歴史上「性的暴行」が戦争犯罪とされたのは日本軍のオランダ人女性に対するものだけ?

これを考察するために、まず上記のYoung-Joo氏及びCixous氏による記事を分析する。実は、この記事では他の扇情的リベラルメディアのニュースとは違い、従軍慰安婦の中に日本人女性がいたこと、また戦時における「性犯罪」に関しては日本軍のオランダ人女性に対するそれ以外は東京裁判でも事実上無視され直接罪に問われていないことに言及している。後者に関連する重要な箇所の原文を引用しよう。

Historiquement, les crimes sexuels lors des conflits armés n’ont jamais été reconnus en tant que tels. En effet, la cause des « femmes de réconfort » a été négligée par les tribunaux militaires institués par les troupes d’occupation au Japon à la fin de la Seconde Guerre mondiale, à l’exception notable d’un procès dont les victimes étaient toutes hollandaises.

(邦訳)歴史的には、武装紛争における性犯罪は決してそのようなものとして認知されたことがない。「慰安婦達」の主張は東京裁判においては全被害者がオランダ人女性であったとあるひとつの裁判という例外を除き無視された。

要するに、戦時における性的徴用が「戦争犯罪」として認定されたのは日本軍のオランダ人女性に対するそれが歴史上最初でかつ唯一のものである、ということだ。戦時に女性を性的に搾取することが正当であるなどと言うつもりは毛頭ない。だが歴史上それが「戦争犯罪」とされたのは日本軍の、それも「オランダ人女性」に対するそれのみであるというのは、ひとつにはオランダは先進国側であるため「強制性」の証明が比較的容易であったこと、またオランダ人女性に対する暴行は一部の軍人によって私的に行われたものであり、軍内部でも問題になり軍法会議が開かれていることなど、日本軍側にとっても異例の事態であったことなどが理由として考える。だが、それでも戦時中の性的暴力が戦争犯罪として罰せられたことはそれ以前には一度もない。だとすれば、歴史的慣行を覆すほどの日本軍に対する白人社会の加罰感情の背後には日本人(ないし東アジア人)に対する「人種差別」性が存在していたことを示唆しているのでは、というのは行き過ぎた推論だろうか。とはいえ、アメリカ側の報告書には、以下のような記述さえ見られるのも事実だ。

Immediately after the war, American attention focused on the Japanese responsible for the Pearl Harbor attack, those involved in mistreatment of U.S. prisoners of war, and Japanese military and civilian o cials implicated in war crimes, including rape (especially of Filipina women) or forced prostitution of Caucasian women. (太字は筆者の編集による)

From “Researching Japanese War Crimes Records Introductory Essays” , by Nazi War Crimes and Japanese Imperial Government Records Interagency Working Group, Washington DC, 2006, p.15

尤も、Young-Joo & Cixous氏の記事はこれをきっかけに戦時における「性犯罪」を戦争犯罪化する方向に進むことを期待し、その為にも韓国人の元慰安婦女性に対し日本側が「謝罪」し「賠償」することを求めるという方向の論調であるが、しかし「性犯罪」が戦争犯罪となるということの当時における異例性を指摘しているという点で有益性がある。

何故なら彼らの論は逆に、戦時において女性が性的に搾取されるということは歴史上においては西欧社会でも暗黙の常識であり「残酷だが、仕方のないこと」とされてきていた。ところが有色人種の日本軍が白人女性を性的に暴行したことだけは西欧人も許せず、罪刑法定主義の原則を超えて罰せられるべき「罪」であると連合軍側は判断した。その例外的扱いが、今日の韓国人慰安婦問題のひとつの根拠となっている、ということを示すからだ。

そう考えれば、「慰安婦問題」の根源は、単に日韓関係のもつれや過去の米ソのイデオロギー対立、また現在の米中対立等の間に立たされた日本の複雑性などといった特殊東アジア的事情にとどまらず、そもそも普通の西欧人なら知りもしなければ興味も持たないような帝国日本軍の「慰安婦」という過去の出来事に関心を持つ西欧人というのはフェミニストくらいしかいないので「慰安婦」問題が常にフェミニスト寄りの報道のみになってしまいがちなこと、(欧米で「慰安婦問題」が日韓関係や第二次世界大戦の惨禍という文脈からさえ外れ、単にフェミニストに利用されるだけの格好の材料とされてしまっている現実については、以下の記事を参照いただきたい)またこの問題に関心を持った白人(のフェミニスト達)が、白人社会の日本(というより東アジア全体)に対する差別的待遇が生んだ「性犯罪」をも「戦争犯罪」とする異例の措置を、被害者側の加害者側に対する人種差別感情に基づく一時的な例外措置ではなく「普遍的」なものに変え、そうすることで過去の東京裁判の「人種差別性」を克服したいといういかにも「現代」的なリベラル・フェミニスト側の意図をもが背後にあるとも見れそうである。

日本軍の「蛮行」は西洋列強の植民地に対するそれと比較されるべきであり、「ホロコースト」とは関係ない

だが、仮にそうだとすれば、フェミニスト達が「慰安婦」にばかりこだわるのは自己矛盾になりかねない。なぜなら彼らは例えば韓国軍や米軍のベトナム人女性に対する暴行についてはほとんど問題にしないからだ。それはベトナム側が訴訟を起こしたり大規模キャンペーン活動を韓国ほどには行わないことが一因なのかもしれないが、もしフェミニストが本当に戦時における性犯罪を普遍的に罰するという原則を堅持したいのであればベトナム戦争時における性犯罪に対してこそ厳しく追及すべきだろう。ベトナム戦争は東京裁判の後に起こったのであり、それはつまり米国も韓国も共にこの件に関して日本側を積極的に罰した側である以上彼らが戦時における性的暴行の「犯罪性」を認識していたということを意味する。また加害の証拠はいまやDNA鑑定等によって科学的に行える。女性の権利の「普遍性」や人種の平等性を主張するなら、ベトナム戦争における米軍側の加害性を等閑視することは自らの信条を裏切ることになるはずだ。

また、最近ナミビアの先住民らがドイツに対し1904年から1908年の間の生じた大量虐殺及び「強姦」に対する賠償を求める訴訟を米国で起こしたという報道があるが、ドイツ側は「虐殺」の事実があったことを認める宣言等を出すことまではしたものの、賠償金の支払いに関しては拒否してきた。これに比較すると、日本側は少なくとも外務省の公式見解では既に「お詫びと反省の気持ち」を表明しており、かつ2015年の日韓合意において国家による賠償金の支払いに応じたという点でドイツよりも良心的態度を取ったと言える。

にも関わらず欧米メディアまでもが「慰安婦」問題に関して日本に対し厳しい姿勢をとり続けるというのであれば、それはそんな態度をとる欧米メディアの偽善性を余すところなく暴露することになるだろう。何故か日本では「欧米のリベラルは良いが、日本のリベラルはダメだ」という謎の二元論が存在するが、現実の「欧米のリベラル」はむしろ日本のリベラルよりもさらに酷い場合もある。どれほど酷いかという点に関しては別の機会に論ずるとして、慰安婦問題に話を戻すと、本日の朝日新聞の記事によれば事態を憂慮したオバマ政権の責任者らが最後の置土産に日韓関係の「仲介」を申し出ているようだ。だが、これが事実上は日本に「抑制」を促すという形になるのは目に見えている。偖安倍政権側はここで踏ん張れるのだろうか。それとも死に際の民主党政権の圧力にさえ屈してしまうのか。この問題に対する安倍政権の対応は、今後の日米関係がどのようなものになるかを占う上で極めて重要なものとなるだろう。

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