リベラル派はJ.K.ローリング氏を見習うべき

2017年01月15日 06:00

昨年の米大統領選挙前、英国内ではトランプ氏の訪英に反対する嘆願などが出されるなど、「リベラル」な若者達や英国内の回教徒グループなどの間で大規模な反トランプ運動が展開されていた。結局英国政府は嘆願を退けトランプ氏の訪英を禁止しないと決定したのだが、この「トランプ氏の英国入国を阻止すべきか否か」という実に「リベラル風」な議論はトランプ氏が当選するまで続いていたのだ。

そんな中、実は昨年の5月に「ハリー・ポッター」シリーズで著名なJ.K.Rowling氏がこの議論に関して実に素晴らしいコメントを発表していたのである。尤も今Rowling氏の昨年5月のコメントを紹介するというのは少々時期外れではあるが、日本語メディアでは未だほんとど断片的にしか紹介されておらず、またRowling氏のコメント内容には普遍的かつ恒久的価値があると私は考えているので、ここで改めて紹介したい。

トランプ氏に「言論の自由」を認めないのは「暴君と同じ」

ローリング氏は、一般の英国の知識人女性の例に漏れずリベラル派であり、Harry Potter and the Cursed Childという劇において「ハーマイオニー」役に黒人の女優が選ばれたことに対する異論が上がった際には「激怒」するなど、基本的なスタンスは一般の英国系知識人女性と同程度あるいはそれ以上に「リベラル」な人物として知られている。

実際、ローリング氏は個人的にトランプ氏のことを「実に不愉快な(objectionable)」人、あるいは「攻撃的で偏屈(offensive and bigoted)」などと形容しており、思想的にも政治信条も180度異なる方向を向いていることをかなりはっきりと示しているし、かつそう言明している。

それでも、彼女は「トランプ氏の言論の自由を守ることによってこそ、私自身の、彼を「偏屈(a bigot)」だと呼ぶ自由が守られるのだ」といった、これ以上ないほどの正論を述べる勇気を持つという点で、トランプ氏の入国拒否を嘆願した凡百のリベラル派とは異なっている。

彼女は有名小説の著者として、「ハリーポッターは悪魔崇拝を推奨する悪書であり、禁止されるべきだ」といった類の荒唐無稽な批判とも戦ってきたという経緯から、「言論の自由」は主張内容に関わらず認められるべきであるという原則が常に存在し続けることの重要性を深く認識しているのかもしれない。以下のローリング氏のコメントは、全てのリベラル派に一度は読んで欲しい文章である。

“If you seek the removal of freedoms from an opponent simply on the grounds that they have offended you, you have crossed a line to stand alongside tyrants who imprison, torture and kill on exactly the same justifications”

(邦訳)もしあなた方が単にその言動があなた方の気に障ったからというだけの理由で、あなた方の意見と反対の意見を持つ人の言論の自由を奪おうとするのなら、あなた方は既に全く同じ理由で他人を牢獄に入れ、拷問し殺すことを正当化するような専制的な暴君達と同じ側に立っているのです。

「気分を害された」(offended)は相手の言論を抑圧して良い理由にはならない

また、ローリング氏はこうも言っている。

 “If my offended feelings can justify a travel ban on Donald Trump, I have no moral grounds on which to argue that those offended by feminism, or the fight for transgender rights, or universal suffrage, should not oppress campaigners for those causes”.

(邦訳)もし私の(トランプ氏の言動等によって生じた)不快感がトランプ氏の訪英を禁止にすることを正当化され得るのであれば、私にも(私の)フェミニズム、トランスジェンダーの人々の権利の為の戦いあるいは普通選挙によって不快な思いをしている人々に対して、あなた側は単に自分が不快な思いをしているというだけの理由でこれら(フェミニズムetc.)の主張を展開する運動家を抑圧してはなりませんと論ずる道徳的根拠は無いということになってしまいます。

その通りであろう。「言っていいことと悪いことがある」という主張を超えて、「このような主張をすればあなたは一定の法的権利を喪失します」と法的に決めてしまうのであればそれはもはや独裁的な権力的抑圧である。

Post-Truth時代を批判するなら、今こそ「ポリコレ」勢力から「言論の自由」を取り戻すべき

このローリング氏の「言論の自由」擁護論に反対しトランプ氏の訪英は禁止されるべきだと考えるような人は、もはや「自由主義」という意味での「Liberalism」を放棄し、単に「誰も傷つかない社会」を権力的に実現しようとするだけの気色の悪い「ゆとり王子」であると言っても過言ではない。

(遥か以前からそうだったとは思うが)現代がPost-Truth化している現状に対して批判的であるべきだと考えるのであれば、Turth(真実)を追求する試みの基盤となる「言論の自由」を制限しようとするあらゆる倫理的誘惑に対してできる限り抵抗すべきである。

とはいえ、近年では「言論の自由」は「右派」(「右派」ないし「保守派」とは欧州では常に否定的な含みを持つ語である)とされる人々が自己の主張を「リベラル派」に抑圧させない為にその重要性を訴えるものであり、言論の自由を擁護すること自体が「右寄り」な主張だとして否定的に見られる嫌いがあった。

そんな中、国際的に知名度もありかつ進歩的な主義に基づく数々の言動や行動で知られるローリング氏が「言論の自由」を擁護してみせた、ということには画期的意義がある。

リベラル派にとってもこのことは結構ショックだったようで、例えば非英語圏であるフランスのメディアでは、この件を報道したのは主要メディアではLe Figaroという中道右派メディアのみであり、Le Mondeなどのリベラル系メディアは一切報じていない。英語の元記事はGuardianから出ており、かつGuardianからはRowling氏に対する賛成論と反対論の両方が出ているのに、フランスではFigaroしか報道しないというのは実に興味深い現象である。

日本でも英語や仏語等の西欧語系の記事の翻訳等は朝日新聞や日経新聞などの大手リベラルメディアしか担わないせいかこの件はほとんど黙殺され、わずかにHuffington Postからひとつ記事が出ているのみだ。

これが英国とそれ以外の国の「自由」の差なのだろうか。尤も実際には英国内でもローリング氏の上述のコメントに反対する声も多いのでなんとも言えないが、ともかく「リベラル派」が全体としてローリング氏のような冷静さを取り戻すことができれば、少なくとも知識層までもが「極右」勢力やトランプ流の「ポピュリズム」を支持するインセンティヴは完全に失われるだろう。

「極右勢力」をつくりだしているのは自分たちの「暴君(tyrant)」のような態度であるというローリング氏の指摘を、リベラル派は重く受け止めるべきである。

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