教育は格差を是正する方法ではない

2017年01月28日 10:00

荘司雅彦さんの教育格差を是正する方法を興味深く拝読しました。はたして、教育格差を是正することはできるでしょうか。そもそも教育で格差は是正できるのでしょうか。ちょっと考えてみたいと思います。

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教育格差か経済格差の是正か

教育格差はゆとり教育という名で是正されてきました。ただし、学校では教育水準を低いほうに合わせるようにしたため、家庭は学校外での教育に走り、ぎゃくに格差が拡大したようにも見えます。手取り足取り教えるには、教員にゆとりがなさすぎるので、現状の学校では無理筋でしょう。なんとも皮肉ですね。やっぱり塾や私学に通える家庭の子弟が圧倒的に優位ですし、文科省や教員の子弟はお金があるので圧倒的に優位でしょう。

しかし、わたしが今回考えたいのは、教育による格差の是正はできるかということです。これは、難しいと思います。そもそもそのゴールが構造的に不平等である以上、その中間工程をどうしようと、格差は是正されないと思います。ゆとり教育だろうが、アクティブラーニングだろうが、無力です。

ゼネコン構造である以上・・・

教育を受けた結果、彼ら彼女らを待ち受けているのは
①雇用の硬直性
②重層下請構造(ゼネコン構造)
という社会です。

①は雇用の流動性はアゴラではよく俎上にのぼっていますが、②のゼネコン構造は、これと表裏一体です。ほんもののゼネコン(建設会社)をはじめ、ITゼネコン、マスコミゼネコン、ブラック居酒屋、サービス業におけるフランチャイズなど枚挙に暇がないと思います。

現在の日本企業は、「一流企業(大企業)」を頂点とした重層下請構造になっている業界が多いと思います。とくに生産性の低いサービス産業は顕著ではないでしょうか。「一流企業」のビジネスモデルは、とてもシンプルで、「二流企業(中小企業)」「三流企業(零細企業)」へと下請けに出して、上がりを受け取るというものです。

教育でみんなを幸せにするのは不可能だとしたら

ということはどういうことかというと、少数の勝者と多くの敗者がいなければ成り立たないシステムです。ということは、必ず不幸の星に生まれる人が出てきます。みんなが教育によってパワーアップしたら、みんなが幸せ!という世界ではなさそうです。
これだとマルクスの予言のようですが、日本のユニークさは、労-使が対立しているのではなく、労-労が対立している点はないでしょうか。言いかえれば、「一流企業」の社員-「二流企業・三流企業」社員、もしくは正社員-派遣社員といった図式になるでしょうか。わたしの記憶が定かならば、90年くらいまでは、下請でもけっこうはぶりがよかったはずです。おそらく、下請をしぼることによって利益を出せるということに「一流企業」が気づいたのでしょう。日本でイノベーションがなくなったのは、こういったオペレーションで利益が出せるということに気付いてしまったからではないでしょうか。近年はさらに、利益を操作するというオペレーションにまで気づいてしまったようです。

このように労働者が巧妙に?分断統治されているので、労働者は結束しようがありません。いくらがんばっても、けっきょくはだれかが敗者となって、だれかが勝者となります。

r>gの世界では教育は無力かもしれない

そして、近年は格差が拡大していることが問題視されています。ピケティの「21世紀の資本」が指摘するとおりです。われわれが長く人生を過ごしてきた20世紀は、たまたま戦争と高度成長の時代であって、g>rだった時期が長くありました。g(経済成長率)がr(資本収益率)を上回り、ようは投資するより働いているほうが報われた稀有な時代があったわけです。21世紀は局地的にはテロなどもありますが、基本的には平和で、再びr>gとなって、19世紀以前のように格差が拡大していくように思われます。たまたま高度成長期のようなg>rの世界に長く生きていると、努力は報われると素朴に信じてしまいがちですが、そんな時期のほうが例外で、これは非常に幸運なことでありました。このままいくと、遺産相続か玉の輿しか人生で逆転する方法はなくなってしまうかもしれません。「21世紀の資本」が正しいとすれば、これからの世界は19世紀のような格差社会にもどっていくのではないでしょうか。そしてそれが定常状態なのかもしれません。

教育は原因か結果か

たしかに、お金持ちは教育に投資して、見た目の上では良質な教育を受けたかどうかで人生が決まってしまうように見えますが、それ以前の段階で人生は決まってしまっています。ようは、よい教育を受けたからいい人生を送るのではなく、いい人生を送れる人がよい教育を受けるということではないでしょうか。ただ、これではあまりにも見てくれが悪いので、飛びぬけてできる生徒には、よい教育を受けられる機会をもたせて、夢を見させてくれるかもしれません。

これからの教育は、小作農(貧乏父さん)でも幸せに生きる方法と、高等遊民(金持ち父さん)向けの高等教育に二分されていくのかもしれません。ゆえに教育で格差は解消しない。ちょっと殺伐としていますね。

中沢 良平(元小学校教諭)

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