横浜市はなぜ「いじめ」を隠ぺいするのか

2017年01月31日 19:13

横浜市の生徒が、ゲームセンターなどで150万円を支払わされ、横浜市の教育長が「いじめと認定できない」と発言したことへの怒りが広がっている。福島第一原発事故で横浜市に自主避難をしたから「賠償金ある」と言った条件もありますが、そんなことは関係ありません。なぜ、教委はこれをいじめと認定できなかったのでしょうか。その病理を考えてみたいと思います。

20170131

わたしにも横浜市に勤めていた知人がおり、教員がかなりのハラスメントを受けているということは耳にしていました。そのとき、校長はハラスメントをなんとかしようと思うのではなく、そもそもハラスメントをなかったことにしてしまいました。これはいじめ問題と根は同根で、問題は「あってはならない」という原理原則に照らせば当然の対処方法です。

わたしもいじめの現場に立ち会ったことがありますが、学校のいじめ対策とは、いかに被害者(いじめられたとされる側)の保護者に引いてもらうかという一点に絞られます。保護者への説得は、電話や面談になりますが、学校はとにかく大事にならないように「これだけ対応しました!」とアピールし、保護者に納得してもらいます。こちらも、解決策などもっているはずもなく(もっていたらいじめになっていない)、「加害者(いじめをした側)の生徒によく話をして謝らせて二度とやらなように誓わせました」、という報告を被害者の保護者します。これで収まるの場合もおおいのですが、さらに悪化した場合はほんとうに打つ手がありません。

これはひとえに、いじめは「あってはならない」という教委から現場までのコンセンサスのなせる業だと思います。ふつうに考えれば、不特定多数の人間が、長時間同じ空間にいたならば、いじめくらいおこるでしょう。いじめがあったらどうするかを考えるのが生産的な手段だと思います。でも、いじめじたいが「あってはならない」のです。

この「あってはならない」は、文科省や教委から依頼されるいじめ調査の方法にも表れています。ここでアンケートをとるのですが、アンケートをとれば深刻ないじめでなくてもいろいろでてきます。そのアンケートを管理職が読みます。すこしでもいじめの兆候があると思われる生徒には管理職が面談し、いじめがないという言質をとります。これはその生徒がもつ深刻さとは関係ありません。教委からいじめが「あってはならない」と指示されているからです。つまり、とにかくいじめではないという言質を取ることが大切なのです。当然管理職たちは有形無形のプレッシャーを教委から受けています。

このように簡単に、いじめは「あってはならない」→もしあったらどうする?→あったら隠ぺいする、という流れになります。ゆえに150万円の恫喝はいじめではなかったという結論になるのでしょう。学校現場はあらゆる問題が、「あってはならない」のです。

そして教委や学校という社会は、身内の評価しか気にしていません。こういった対応に、世間がどう反応するかなど、まったく想定していなかったと思います。外部の評価を気にしない組織は、こんなに無敵で無謀だとはびっくりですよね。

中沢 良平(元小学校教諭)

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑