中絶手術後急死事件:小池都知事と上田令子都議にお願いしたいこと

2017年02月01日 06:00

2016年12月5日、フジテレビ系ニュース番組で「無資格医師が中絶手術で患者死亡」「23歳、新婚8日目の急死」というショッキングなニュースが報じられた。テレビでは、「笑顔で婚姻届を手にする可憐な生前写真」「涙ながらに亡き妻を語る夫」などを放映して、視聴者の同情と涙を誘った。翌6日からは各種メディアで病院名と共に「無資格医師」「違法手術」などの報道が続き、9日の定例記者会見で小池都知事は「この病院は(継承時の内紛など)かなり問題の多いところ」と断言し、本件の刑事告発を発表した。

私がこのニュースを聞いてまず疑問に思ったのは、「胎児の発育が良くないと診断されたため人工妊娠中絶手術を受けた」という患者側の説明である。単に「胎児の発育が良くない」という状態では経過観察が一般的だし、「胎児が子宮内で死亡」と判明すればそれは「稽留流産」という病気で保険診療の対象になるので、その手術に母体保護法指定医は不要である。また、「無資格医師」という報道にも「なんだかなぁ~」と思った。あたかも、「医師免許を持っていない医師」のように聞こえるからである。「指定外医師が中絶手術 東京の病院、6日後に女性死亡 」という日経の見出しが、中立的で妥当な報道だと思う。

オンライン・オフラインともに「とんでもない医者だ」「こんな病院は潰せ!」のような非難が相次ぎ、執刀医を特定する騒ぎにもなったが、10日に公開されたmizuguchi2016氏のブログによって事態は一変する。このブログによると、「死亡女性は夫以外の男性とも交際しており、胎児の父親が夫と確信できなかった」「夫は来院しておらず、(胎児が育っていないから中絶する)という妻からの一方的な事情説明で中絶同意書にサイン」という趣旨の主張をしている。あくまで匿名ブログではあるが、「新婚2日目に妊娠中絶」「『横になって休む日が続き…(夫談)』だったのに、夫に病院に連れていってほしいと言わなかった」などの疑問点を説明できる仮説ではある。そして、本ブログの公開後は急速に続報が途絶え、やがて人々の記憶から消えていった。

そもそも「産後の肥立ちが悪い」という言葉があるように、妊娠・出産そして中絶手術で母体が死亡するリスクは現在でもゼロではない。また、医療ドラマのように解剖や検査を行えば全ての死因が判明する訳ではない。「判らぬものは判らぬ」なのだ。「中絶手術6日後の死亡」ということで、「感染性心内膜炎?」「子宮収縮薬の副作用の不整脈?」しか私には思いつかないが、死亡女性の服薬状況も判らない以上は仮説の域を出ない。

また、母体保護法とは労働基準法なみに問題の多い法律である。労働基準法を厳密に運用すれば「月45時間以上の残業」は違法だが、母体保護法を厳密に運用すれば「相手が妻子持ち」「女子高生の妊娠」「胎児がダウン症」を理由にした中絶も違法である。母性保護法指定医とは、産婦人科専門医にとって取得そのものは難しくないが、要求される書類や必須の講習会が多く、タダでさえ不足や過重労働が問題視される産婦人科医にとって負担が大きい。また、医師免許は日本全国の病院で使えるが、母体保護法指定医は特定の病院内でしか有効とならないという面倒くさいシステムである。ゆえに、「書類上は院長が執刀医だが、実際の手術は大学病院からのアルバイト医師」のようなケースは、水面下にかなり存在すると思われる。それを厳しく取り締まれば、年間約18万件の中絶手術を全てこなすことは不可能になり、「女子高生がトイレで出産」「コインロッカーベビー」「恋人の腹を蹴るDV男」みたいな事件が日本中にあふれるだろう。厚生労働省がインタビューで「中絶手術は(略)限られた要件のみで認められており、そうした趣旨を充分理解する指定医が手術を行うことが望ましい」と、病院を非難せず玉虫色の回答をしているが、母子保健課の担当者はこういう現状を理解しているからだろう。

一方、都知事のみならず都民ファーストの会都議・上田令子氏は「都がきちんと指導監督していれば、今回の事件も起こらなかったはず」と主張する。確かにこの病院には同族経営にありがちな相続時の内紛があったようだが、「事業継承がスムーズで母体保護法指定医が担当すれば、中絶後の死亡は絶対に起こらない」と私には思えないし、役人がどんなに指導監督しても、妊産婦死亡や手術後の急死はゼロにはならない。「内紛する経営陣は、医療事故を招くので不適切」と主張するならば、「自民党や都議会と協調できない人材は、都立病院のトップたる都知事として不適切」とも言えるのだ。

12月末、例の病院は産婦人科・小児科を閉鎖し、多くの妊婦が転院を余儀なくされた。2007年の福島県立大野病院における産婦人科医逮捕で明らかになったように、産婦人科医の不足は今なお全国的に続いており、比較的マシな東京都内とはいえど一度に数百名の妊婦を受け入れる余力があると思えない。小池都知事と上田都議は病院や医師を非難するが、刑事告発された医師が逮捕されたとの続報はないし、唐突にお産難民になった妊婦への言及はない。二人とも、近頃はこの事件をすっかり忘れて、千代田区長選に忙しそうだし。

電通過労自殺事件のように、若い女性の死はセンセーショナルで同情を誘う。そして、水戸黄門のように村娘を苦しめた悪代官をテキトーに見つけて成敗すれば、世間の喝采を浴びるだろう。しかしながら、現実の世の中は水戸黄門ほど単純ではない。「食中毒を出したレストラン」のノリで、「妊婦が死んだ病院」を潰してはいけないのだ。2006~9年頃、妊産婦が死ぬ度に病院を非難し続けて医師を逮捕した結果、産婦人科医やお産を扱う病院が激減して、「妊婦たらい回し」事件が多発したのを世間は忘れてしまったのか。この病院は、お産だけでなく中絶手術の中でもリスクの高い中期(妊娠12~21週)中絶を扱っていた。明言はしないけれど、「この病院のおかげで高校を卒業できた」と内心感謝している女性は、それなりに存在しているはずである。

この病院の「死亡した前理事長名義での保険請求」「母体保護法指定医のいない中絶手術」は法律違反であり、担当者は相応の処分を受けるべきである。しかし、今回の騒動によって、既に十分な社会的・経済的制裁を受けているとも言える。受け皿となる代替病院がないまま休診が長期化すれば地域の医療体制は混乱する一方だし、病院が経営破綻すれば患者遺族は和解金すら得られなくなるリスクが高い。

都民をファーストに考えるならば、小池都知事と上田都議にはマスコミ向けの派手なパフォーマンスだけでなく、この病院の産婦人科診療再開(もしくは、近隣に代替病院を確保)、そして地域の産婦人科診療体制の正常化に尽力していただきたいと思っている。

写真は病院ホームページより

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筒井 冨美
フリーランス麻酔科医、医学博士

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