著作権のフェアユース規定が危ない

デジタル化された書籍を音声読み上げソフトを用いて読んでいる視覚障害者などがいる。読み上げソフトが読み間違えるのを避けるためには漢字にルビを振る、「第×節」を「第×項」に書き換えるといった処理が必要になる。ルビの付与などを元の書籍の著者に無断で行ったら、著者が持つ同一性保持権を侵害するのだろうか?

書籍『電子書籍アクセシビリティの研究』を出版したのを記念するシンポジウムを開催したら、会場から上のような質問が出た。

著作権法には、第37条に「視覚障害者等のための複製等」が定められており、著者に断ることなく点字化したり、送信したりできることになっている。しかし、ルビや「第×項」に書き換えるなどの変形が構わないとは書かれていない。それで質問が出たわけだ。僕は「訴えられたら裁判で争いましょう。」と回答したが、質問者が満足された様子はなかった。

著作権法には著作者の権利を制限する規定が第30条から50条まで設けられているが、規定は許されることを個別に列挙する形になっている。しかし、『知的財産推進計画2016』は、個別規定の列挙に加えて公正な利用と認められるものは許す一般規定を設けるように検討すると宣言した。世界的にはこの一般規定を「フェアユース規定」と呼ぶが、推進計画では「柔軟性のある権利制限規定」という表現が用いられた。

「柔軟性のある権利制限規定」を具体的に検討するために、文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会に「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム」が設置された。ワーキングチームは1月23日に『新たな時代のニーズに的確に対応した権利制限規定の在り方について(骨子案)』を審議している。骨子案には、障害者のための規定については、「公益性や権利者の利益との調整に関する政治的判断が必要。権利制限の範囲を画定した上で、それぞれの範囲ごとに適切な柔軟性を備えた規定を整備」としている。何を言っているかわかりにくいが、書き換えなどの変形を許すかは一般規定で判断するのではなく、今までと同様に個別規定で判断すべき、というのが骨子案である。

技術の急速な進展に対応するために、いちいち個別規定を設ける時間を費やすのはやめ、一般規定で判断しようというのが世界の潮流である。『フェアユースは経済を救う デジタル覇権戦争に負けない著作権法』の著者である城所岩生氏は「イノベーションに適した国を目指すなら、フェアユースを認める著作権法の改正は急務」と主張している。

イノベーションの加速にも、障害者の社会的な包摂にも、フェアユース規定は不可欠である。このようなことについて、権利者の声が強い文化審議会著作権分科会で議論をしても前には進まない。議員立法の可能性を検討すべき時期かもしれない。