アスクルの倉庫火災にみる日本の防火の特殊性 --- 牧 功三

寄稿

筆者は主に海外で産業分野の防火技術者およびリスクコンサルタントとして従事しているが、今回のアスクルの物流倉庫における火災をふまえて日本と海外の産業防火の違いを説明したい。

アメリカなど防火に関して先進とされる国々では同様の規模・資産価値がある倉庫には、資産保護および事業継続を目的としてスプリンクラーを建物全体に設置するのが普通である。報道によると、今回の倉庫においてスプリンクラーは建物全体ではなく一部にしか設置されていなかったようである(国内消防法では、一般に、高層ラックを除いて倉庫にはスプリンクラーは要求されない)。

スプリンクラーを使用した建築防火の観点からみると、可燃物が建物全体に存在する場合、建物の一部のみにスプリンクラーを設置しても今回のような火災から建物および設備・物品等の資産を守ることはできない。

またスプリンクラーの仕様も重要である。スプリンクラーの能力を表す数値として散水密度(単位面積あたりの散水量)、散水面積(同時に散水する面積)および散水時間という概念があり、国際的に使われているNFPA(全米防火協会)の基準NFPA 13では、建物の天井高さや内部の物品等の可燃性によって数値が細かく決められている。

とくに可燃性が高いプラスチクス類が大量に保管されていると消火配管、消火ポンプ、消火水槽等が巨大となり、国内消防法仕様のものと比較すると消火ポンプで5倍以上、消火水槽で10倍以上となることもザラである。NFPA13は120年以上の歴史があり、その基準は火災試験や過去の事例の検証等に基づいて決められている。NFPAの基準は国際的には非常に信頼されており北米はもとよりアジア、中東、アフリカ等の大規模なプロジェクトでは頻繁に使われている。それにも関わらず日本でNFPA仕様のスプリンクラーの話をすると、国内消防法の仕様で十分なのに何でそんなものが必要なのかと笑われることが多いのが実情である。

防火の要素としてスプリンクラー以外にも区画、火元の管理、消火器による初期消火等もあるが、スプリンクラーの有無、仕様、管理ほど重要ではない。NFPAによるとスプリンクラーが適切に設計、施工および管理されていれば99.8%の火災を制御できるとしている。

防火の目的には人の安全、公共の安全、資産保護・事業継続があり、通常、法規で規制するのは人の安全と公共の安全に関わる部分である。人の安全とは要は建物内にいる人たちに火災の発生を知らせて、避難するための経路を10~20分程度火炎や煙から守り、無事に避難をさせればよいのである。今回のような倉庫において火災時に建物内から避難することはさほど難しくはなく人の安全へのリスクは低いと考えられる(報道によると実際に負傷者は少なかったとのことである)。

しかし初期消火に失敗すると多大な経済的損害を被ることになり資産・事業継続へのリスクは高い。欧米では企業が資産保護・事業継続を目的としておこなう防火がさかんである。自家保険(キャプティブ)や産業相互保険など、防火に余分なコストをかけてもそのコストを損害保険料の低減でペイする仕組が充実している。150年以上も前から火災試験や事例の検証を行い、データや技術的な知見を積み上げて防消火技術の発展に貢献してきたのはFM Global(米国の産業相互保険会社)等の欧米の損害保険業界であり、現在でもその関わりは深い。

工場、プラント、倉庫等の産業防火において日本の状況は非常に特殊であると言わざるをえない。欧米のように、企業が資産保護や事業継続等の経済的なメリットを求めて自主的に防火を行う部分がほぼ存在せず、法規制にのみ従えばよいとされている。今回被災した物流倉庫や危険物施設などの大規模な火災になる危険性が高いところはもとより、半導体工場などの小規模な火災でも大きな被害が発生する可能性があるところにおいても、損害防止・事業継続のための技術的な知見が蓄積されていない。

さらに消防検定制度等の法規制により国際的には広く使われているNFPAやFM Global仕様の消火設備の設置が大きく制限されている。今回の火災をうけて法規制を強化するというのは全くの的外れである。なぜならば法規制で守るべきものと、そうでないものがあるからである。法規制の強化ではなく、国際的に先進的とされる技術を取り入れることや、企業が積極的に防災を行うインセンティブが働くような保険の仕組みが必要なのではないだろうか。

牧 功三(まき・こうぞう)
米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、米国のコンサルタント会社等で産業防災および企業のリスクマネジメント業務に従事。2010年に日本火災学会の火災誌に「NFPAとスプリンクラー」を寄稿。米国技術士 防火部門、米国BCSP認定安全専門家、NFPA認定防火技術者