トランプ氏のシェール推進、炭素排出抑制に貢献か

昨3月17日の日経記事を読んで何かが喉に突き刺さったような違和感を覚えた。不意の訃報をもたらしたイラン時代の「戦友」のお通夜に出かけ、若くして逝ってしまった彼の思い出を仲間たちと語り合いながらも、何かがおかしいと感じ続けていた。

今朝(3月18日)、もう一度この記事を読み、FTの原文を読んでから検索をしたら “IEA finds CO2 emissions flat for third straight year even as global economy grows in 2016” (March 17, 2017)なるものを発見した。

FTの記者は、この発表を読み、IEAのビロル事務局長を含む関係先複数に取材を行い、その上でこの記事の原文 “Trump becomes unlikely ally in climate change battle” を書いたのだ。

ようやく「違和感」の源を発見した。日経翻訳記事の「見出し」がそれだ。

原文FTの見出しは「気候変動の戦いにおいてトランプが予想外の支持者に」とでも訳されるだろう。だが、日経の見出しは「トランプ氏のシェール推進、炭素排出抑制に貢献か」となっている。この見出しから筆者が受けた印象は「トランプ氏のシェール推進」が、IEAが報じている「炭素排出抑制に貢献」している可能性がある、というものだった。もちろん本文を読めば、将来の可能性について報じているのであって、トランプ大統領がこれまでの「抑制」に貢献しているわけではないことが読み取れる。

でも、ね。エネルギー業界の片隅に身を置く者としては、ネタ元のIEAの発表こそ興味深い。日経にはこういうものも報道することを期待したい。

そこで以下に、IEA発表内容の要点を紹介しておこう。

・IEAによると、2016年の二酸化炭素排出量(以下、排出量)は、経済が成長しているにも拘らず3年連続でほぼ横ばいとなった。つまり、排出量と経済成長は連関していないことになる。主な要因は、電源燃料としての再生エネルギーの増加、石炭から天然ガスへの燃料転換、エネルギー効率の改善および経済構造の変化である。

・2016年の排出量は321億トンと過去2年とほぼ同水準。世界最大のエネルギー消費国で排出量の多い米国と中国で大幅に減少し、欧州が横ばいであったことが、他の国々の増加を相殺する形となった。

・米国は、経済は1.6%成長したが排出量は3%あるいは1億6,000万トンの減少だった。1992年以来、経済は80%拡大しているが、排出量は最低水準である。

・2016年に世界全体で増加した電源燃料の半分は水力(その半分)を中心とする再生エネルギーだった。また、原子力の増加は1993年以来最大で、中国、米国、韓国、インド、ロシアおよびパキスタンで新設装置が稼働した。

・石炭需要は世界的に落ち込んでおり、特に米国が顕著で16%の減少。

・中国は、経済が6.7%成長する一方、排出量は1%減少した。電力分野で再生エネルギーと原子力、天然ガスが増加したことと、環境対策に力を入れる政府の政策により産業及び建設部門でも石炭の使用が大幅に減少したためだ。電力需要は5.4%増加しており、そのうちの2/3は水力及び風力などの再生エネルギーと、5基が新規に稼働し、全体の25%のシェアーを占めることになった原子力によるもの

・「中国とインドでは、空気汚染への対策およびエネルギー供給の多様化の観点から、天然ガスの増加が顕著だ」とビロル氏はいう。「天然ガスは世界のエネルギー供給の25%を占めているが、中国では6%、インドでは5%でしかないから、伸びる余地がたくさんある」と。

・EUでは、ガス需要が8%増加したが石炭需要が10%下落したこともあり、排出量はほぼ横ばい。英国では、ガスが安く炭素価格も底値だったため、石炭から天然ガスへの転換が顕著だった。

・市場の力、技術的コスト削減、気候変動と空気汚染への関心などが経済成長と排出量の連関を断ち切る主要な要因だった。排出量の増加が一休みとなっていることはいいニュースだが、気温上昇を最大2度に抑えるという観点からは不十分で、世界が一致して継続的な、透明性のある、予測可能な政策を打ち出すことが必要だ。

なお当然だが、IEA発表には「トランプ大統領の政策」への言及は一切ない。2016年の「事実」を分析したものだからだ。

筆者は、2017年以降も「トランプ大統領の政策」よりも「市場の力」が働き続けると判断しているが、はてさてどのような展開となるのだろうか。興味津々ですね。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年3月18日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。