共同作品

2017年03月19日 06:00

3月15日、2012年のマザーズ上場からちょうど5年。ライフネット生命は出口治明(会長)と中田華寿子(常務取締役)が6月の定時株主総会をもって退任する旨を発表しました。後任として30代の執行役員2名が取締役に昇格し、当社のお客さまと同世代の経営チームで会社を引っ張っていきたいと考えています。

出口・中田共に、開業前から苦楽を共にしてきた同志です。ライフネット生命の経営理念、企業風土、ブランド、お客さまと向き合う姿勢。そのすべては3人の手作りの共同作品と言ってもいいかもしれません。

2人と出会った頃のことは、いまでも鮮明に覚えています。

2006年4月、ランディック赤坂ビルの会議室。ホワイトボードを前に、チェックのシャツとダボダボのチノパン姿の出口は次のように想いを語りました。

生命保険はいつの時代も、健全な市民社会を支える役割を担ってきた。それがいつのまにか、保険金不払い問題などの影響で、社会からの信頼を失ってしまっている。この状況が、残念でたまらない。

自分は、ゼロから新しい生命保険会社を立ち上げたい。

いつの時代も、革新は異質なものとの競争によって生まれてきた。小さいかもしれないけど、とびっきりいい生命保険会社を創って、生命保険業界に競争をしかけたい。そうすれば、業界は活性化し、必ずよくなる。

そうすることが、自分を育ててくれた生命保険業界、大好きだった生命保険業界に対する恩返しになる。

中田と初めて会ったのは2006年9月。スターバックス、英会話GABAの広報・マーケティング担当役員として腕をふるった見識を頼り、ライフネット生命のマーケティングを教わりに行ったときのこと。3ヶ月に一回くらい、中目黒のカフェで会うと、いつも優しい微笑みで迎えてくれたことが印象的だった。

開業を数ヶ月後に控えていた2008年1月。会社を辞めると聞いて、ライフネットの初代マーケティング部長としての参画を打診したところ、次のように言われた。

次の仕事?まだ決めていません。ベンチャー2社を経験して、随分と疲れたので、しばらくはのんびりしようと思っています。

ただ、ひとつだけ決めていることがあるんです。スターバックスもGABAも、本当に大好きな会社だったので、次の会社もロゴがグリーンの会社で働こうと。

岩瀬さんに初めて会ったときから、いつかこの人と仕事をするんだろうな、という予感がしていました。光栄なお誘いなのですが、重責なので、少し考えさせてもらっていいですか?

あれから、10年。

30歳でTシャツ・ジーパン、リュックに自転車で通勤、ベンチャー気取りで副社長として仕事をはじめた私も、いつしか白髪交じりでお腹周りが気になる、一介の40代経営者になりました。

出会った頃はまだ50代で才気走っていた出口も、この4月で69歳。すでに昨夏頃から、執筆や講演を通じた広報活動や、社内の「出口塾」を通じた若手育成などの後方支援に、軸足をシフトしつつありました。

立ち上げ当時に思い描いた理想には届いていませんが、ライフネット生命は絶えず生命保険の常識に挑戦し、問題提起を続けたことで、業界の革新を加速させるべく、一定の役割を担ったように思えます。この点で、出口の想いはある程度は実現したのかもしれません。

開業時はゼロだったご契約者さまも、15万人を超えました。生命保険会社としては小ぶりですが、東京ドームの収容人数が約5万人、その3倍のお客様が、私たちにご自身やご家族の安心を託してくださっていることを考えると、改めて身が引き締まる思いです。

開業時にはスマートフォンもFacebookも、LINEもありませんでした。社会や技術環境も、この10年で随分と変わりました。インターネットがより身近で手軽になり、今後もネット生保への期待が高まると信じています。

今後も、15万人のご契約者さまに安心を提供しつつ、一人でも多くの方にライフネット生命の輪に加わって頂き、保障をお届けするために、邁進していきたいと思います。引き続き、ライフネット生命を応援していただきますよう、よろしくお願いいたします。


編集部より:このブログは岩瀬大輔氏の「生命保険 立ち上げ日誌」2017年3月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は岩瀬氏の公式ブログをご覧ください。

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岩瀬 大輔
ライフネット生命保険代表取締役社長

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