交渉における「損得」と「人情」

荘司 雅彦

GATAGより(編集部)

交渉相手との「情報の非対称性」(相手との情報格差)については、例えていえば「レベル10からレベル1まで」広い範囲があります。

具体的に考えてみましょう。
交通事故の相手のようには全く知らない人の場合、相手についての情報がほとんどあません。「非対称性」が極めて高いので「レベル10」でしょう。

親子や夫婦であれば相手のことをかなり深く知っているので「レベル2」や「レベル1」かもしれません。

いかなる相手であっても、相手の情報を100%知ることは不可能なので「レベル0」というのはあり得ません。

ところで、広い意味での交渉(就職面接や単にお小遣いを貰う場合も含める)において、極めて大まかに留意すべきことは「損得」と「感情」だと私は考えています。

米国の「交渉術」の書籍はとかく「損得」に重点が置かれがちですが、人間が感情の動物である以上「感情」を軽視するのは危険です。

しかも、この「損得」と「感情」のバランスは状況や人によって重心が変わる相対的なものなのです。

ビジネスで一円でも安く仕入れようと頑張る人であっても、子供がお小遣いをねだってきた時などには「感情」に大きく左右されます。

機嫌が良ければあげるけど、不機嫌な時はあげないとか…。

そういう意味では、「損得を重視する相手」か「感情を重視する相手」かを一概に決めることは困難です。

先の例のように、同じ人物であっても、状況によって両者のバランスは大きく変わってしまうからです。

しかし、アバウトながら「傾向」を知ることは可能だと考えます。

多くの場合、仕事上の金額交渉で、個人事業主や同族会社の創業社長などは「損得」を重視する傾向が強いのに対し、大企業の従業員や公務員は「感情」を重視する傾向が強いでしょう。なぜなら、個人事業主などは金額の違いが自分の懐具合を直撃するのに対し、大企業の従業員などは自分の懐には関係しないからです(もちろん、背任やそれに近いような極端なケースは別です)。

大企業の責任者や役人に対する接待が後を絶たないのは、接待される側が「感情」を重視するからかもしれません。権限の範囲内であれば、自分を大事にしてくれる相手や可愛げのある相手と取引をしてやろうという気持ちになるのでしょう。

他方、自営業者や同族会社の創業社長の場合、「接待」や「贈り物」はそれほど大きな効果が期待できないケースが案外多いようです。「ビジネスはビジネス」と割り切るので、「お返し」をされるのが関の山かもしれません。

もっとも、自営業者や同族会社の創業社長に対して「感情的に取り入る」ことが全く無意味かというと、決してそうではありません。その期にたくさんの売上があって経費感覚が緩くなるような時期は「損得」が甘くなり「感情」のウエイトが重くなります。

昔、商売をしている知人がいて、お客様が高額納税者番付(今は廃止されています)に出ると「贈り物」を送っていました。しかし、私はそれはあまり意味がないと思っていました(本人には言いませんでしたが)。

番付は昨年の納税額なので、個人であれば昨年末までが経費感覚の緩む時期だったのです。
番付が発表された時点はすでに「引き締めモード」に入っているので、「贈り物」をもらっても「多額の予定納税で資金繰りが大変だから買い物はまた今度」となってしまうでしょう。そうこうしているうちに「贈り物効果」は薄れてしまうのです。

つまるところ、「損得」のウエイトが高い人に対しては普段から継続的に小さなサービスをしておくのが一番効果的ではないかと思うのですが、いかがでしょう?


編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年3月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。