「刑事裁判の意味」が問われる「夢の街」株相場操縦事件判決

2017年03月28日 00:00

「夢の街創造委員会」(以下、「夢の街」)の株式をめぐる相場操縦事件で起訴された花蜜伸行氏に対する判決が、3月28日に東京地裁で言い渡される。

当ブログ【「録音録画停止後の脅し」を覆い隠そうとする検察と、加担する裁判所】で述べた異常な訴訟指揮で審理が終結した事件である。弁護人の弁論で、取調べの録音録画停止後の検察官の発言の問題等を指摘された検察官が被告人調書の請求を撤回して供述による主観面の立証を断念したことなど、検察官立証の不十分さを指摘したのに対して、検察官が「証拠に基づかない弁論」などと異議を申し立てて不当な言いがかりを付け、裁判長が、その異議をあっさりと認めて弁護人の弁論の削除を命じたのである。

家令和典裁判長は、被告人・弁護人が全面無罪を主張している事件であるのに、なりふり構わず有罪判決に邁進する姿勢を示した。証人尋問でも、被告人質問でも、検察官が述べる「異議」を認めて弁護人の質問を制限する訴訟指揮にも、その姿勢は顕著に表れていた。

このような裁判長の下す判決なので、無罪となる可能性は低く、勝負は控訴審に持ち越されることになるだろうと予測はしている。

しかし、本当に、それで良いのだろうか。

判決に先立って、花蜜氏が行った「夢の街」株売買の経緯や内容を概説しておきたい。花蜜氏が行ったことは、決して相場操縦で起訴されるような「刑事事件」ではなかった。それは、経済の常識をわきまえた読者であれば容易に理解して頂けるであろう。

花蜜氏の「夢の街株取得計画」の概要

「夢の街」社の創業者の花蜜氏は、同社が上場するまでは社長を務めていたが、その後、同社の経営から離れ、同社の社長は、花蜜氏が招聘した中村利江氏が務めていた。2013年3月に、花蜜氏が特別顧問という形で再び経営に関わるようになった際、「経営に関与するのであれば、中村社長の持株に対抗できるだけの15%程度の株式を取得したい」と考えて、同社の株式の買い付けを始めた。

そこで、花蜜氏が夢の街株取得の計画のためにとった方法は、以下のようなものだった。

①花蜜氏は、手持ちの資金や知人からの借金を原資に株の買い付けを始めたが、15%もの株式を取得するためには、信用取引の買い建玉を維持して、それを増やしていくしかなかった。そこで、購入時より値上がりして利益が出ている信用取引の決済の売り注文に、新たな信用の買い注文を対当させることによって利益を現実化させるという「益出しクロス」を行い、それによって得た値上がり分の資金を、更に買い建てる資金に回すという方法をとった。

②夢の街株の取得の目的は、経営方針をめぐって中村社長と対立した時に、対抗できるだけの株数を保有することだったので、中村社長に知られないように買い進めることが必要だった。そこで、知人二人に「名義貸し」を依頼した。違法行為を行うために他人名義にしたわけではなかった。

③クロス取引により出た利益を新たな買い建て資金に回していくには、前提として、夢の街株の株価が、「益出し」が可能な程度に少しずつでも上がり続けていなければならなかった。

④しかし、この点については、花蜜氏は自信があった。夢の街を創業して上場企業に育てた同氏は、夢の街株が市場で過少評価されていると考えており、事業提携やM&Aを積極的に提案し、それが市場に評価されれば、株価が上昇傾向をたどることは確実だと考えていた。そして、自身が同株を買い進めることで一層株価の上昇を加速させ、時価総額を拡大させることを目論んでいた。

⑤花蜜氏は、最終的には、時価総額250億円の企業にするため、事業をさらに多角的に展開していこうと考えていた。そのために、夢の街株をどんどん買い進めていき、それによって株価を上昇させていこうと考えていた。一般の投資家であれば、「できるだけ安く買って、できるだけ高く売る」ということを考えるが、花蜜氏にとっては、「売る」ということは頭になく、株価は上がれば上がるほど良いと思っていたので、自分の買い注文で少しでも株価が上がることをめざしていた。基本的には、前日の終値近辺にまとまった買い注文を出して、買い付けるという方法だったが、売り注文が薄い時などには、一気に買い上がって、株価を上昇させることもあった。

⑥一方、夢の街株の株価が下落して、買い建て単価を大幅に下回ってしまうと追証が発生し、それを払えない事態になれば、買い建てている株式は強制売却され、花蜜氏の計画は破綻することになってしまう。そうした事態を防ぐために、花蜜氏は、自身が夢の街株の買い注文を発注することによって、株価が下落することを防止する必要があった。そこで、現在値を下回る水準にまとまった買い注文を入れて、株価がその水準を下回ることを防止しようとしていた。

夢の街株売買の結末と刑事事件化

このような花蜜氏の夢の街株の取得計画は、順調に進み、株価も、当初500円程度だったのが、2014年3月には2800円を超え、その後、1:2の株式分割が行われた後も、1200円前後で推移していた。

ところが、その後、まとまった売り注文が続々と出されるようになった。花蜜氏は、知人から借入れするなどして資金を追加し、夢の街株の防戦買いを行ったが、買っても買っても株価は上がらない。逆に下落し、持株の大半に追証が発生する水準を下回りそうな状況になってきた。

終値が、追証が発生する価格以下に下がらないように株価を引き上げる「買い上がり買付け」「下値支え注文」を行って何とか株価を維持していた花蜜氏に、「悪魔のささやき」がやってきた。知人を通じて、外資系ファンドから「夢の街株を安定保有するので、合計20万株譲ってくれないか」という申入れがあったのだ。花蜜氏は、20万株引き取って安定保有してもらえれば、得た資金で夢の街株を買い続けることができ、再び大きく上昇させることができると考えて、その話に乗ることにした。

譲渡の期日は、1回目が5月30日、2回目が6月2日と定められ、5月30日の昼頃、引け後のトストネットで、終値の7%引きの価格で10万株を譲渡する契約書に署名した。

すると、その日の大引けが近づいた午後2時40分頃から、津波のような猛烈な売り注文が襲ってきた。花蜜氏の必死の防戦買いも、あっという間に吹き飛ばされ、終値が大幅に下落、2億円を超える追証が発生した。花蜜氏には何が起きたのか全くわからなかった。大幅に下落した終値の7%引きの価格で10万株譲渡した代金が約1億円入ることになるが、それでは賄えない程の追証の金額だった。

追証資金を確保しようと、6月2日の10万株の譲渡も、予定どおり契約書に署名した。すると、また、猛烈な売り注文が襲ってきた。株価を回復させようとまたもや必死に防戦買いしたが、全く歯が立たず、その日の終値はさらに大幅に下落。その翌日に、花蜜氏の持株218万株は、すべて強制売却され、夢の街株は大暴落となった。

夢の街株をすべて失った上に、約10億円の借金を抱えることになった花蜜氏が、債権者に追われているところに、「死馬に鞭打つ」ように襲ってきたのが、2015年2月に開始された証券取引等監視委員会(以下、「監視委員会」)の特別調査部の強制調査だった。容疑は、夢の街株の売買における「相場操縦」だった。

しかも、その取調べの中で、花蜜氏は調査官から驚愕の事実を知らされた。

5月30日、6月2日の株式売買注文に関する資料を見せられ、

『売り崩し』に使われたのは、あなたの株だったんですよ

と言われたのである。花蜜氏から合計20万株の譲渡を受けた外資系ファンドが、契約書締結の直後から大量の空売りをかけ、譲渡価格の算定基準となる終値を下落させていたのである。

膨大な借金を抱えた上に、刑事処罰まで現実のものとなった花蜜氏には、立ち上がる気力すらなく、監視委員会の取調べでは、言いたいこともほとんど言えないまま、調査官が作文した調書に署名した。

そして、1年3ヶ月続いた調査の後で、東京地検に告発された。告発されたのは、花蜜氏だけではなく、株式取引の名義人になってくれていた知人のTさんも一緒だった。

花蜜氏の夢の街株売買の特異性と破綻の原因

ここまでが、花蜜氏が、相場操縦事件で告発されるに至った経過だ。

花蜜氏の夢の街株取得計画は、僅かな資金を元に、信用取引で上場会社の15%もの株式を保有しようとするもので、十分な資金もなく、上場企業の株式をまとまった数量取得しようとするやり方は、一般的な感覚からは、若干無理があるようにも思える。

しかし、それも「出前館」という新たな事業を営む同社の創業・上場を成し遂げた花蜜氏であるからこその発想であり、しかも、前記④の通り、夢の街株が過少評価されていること、自らが経営に参画することで業績を向上させていくことを確信していた花蜜氏にとっては、信用取引で15%の持株を取得することも、それと併せて、株価を一層上昇させ、時価総額を大きくしていこうとすることも、それほど荒唐無稽なものではなかった。

花蜜氏は、自分の買い注文で株価を引き上げ、「益出しクロス」をしながら資金を回転させていこうと考えただけで、一般的な相場操縦のように、注文の出し方や株価の動きで、株価が上昇するように見せかけて、他の投資家を引きずり込み、自分は売り抜けて儲けようなどという気持ちは全くなかった。

そういう花蜜氏の株式取得計画が破たんに追い込まれたのは、「安定保有する」と言って花蜜氏から20万株を買い受けた外国ファンドが、契約直後から「空売り」をかけて夢の街株を売り崩すという予想もしない行動に出たためだった。

花蜜氏は、買い進めた夢の街株すべてを失い、約10億円の負債を抱えることになった。まさに、株式市場という「相場」での「敗者」になった。しかし、それに加えて、相場操縦という「証券犯罪」で断罪されるような「犯罪者」ではないことは、既に述べた株式売買の経緯と内容から明らかであろう。

なぜ花蜜氏の株式売買は刑事事件化したのか

このような花蜜氏の夢の街株の売買が、なぜ、相場操縦事件として刑事事件化してしまったのか。

それは、第1に、監視委員会の「誤解」である。誤解がわかっても、一度、刑事事件として調査に着手したら「引き返すことができない」という組織の体質にも根本的な問題がある。

第2に、告発を受けた検察がやるべきだったことは、事件の実体を見極め、それが「証券犯罪」なのかどうかを判断することであったが、検察はその判断をせず、長時間にわたる取調べで、「相場操縦の犯罪」であるかのように見える供述調書を作り上げるという、昔ながらの「調書中心主義」の捜査を行った。その供述調書を作るために、検察は、【前記ブログ】でも詳述した「録音録画停止後に、逮捕や共犯者の起訴を示唆する」という手段まで使ったのだ。

そして、第3に、裁判所は、証人尋問や被告人質問等の審理を行い、不当極まりない調査・捜査の過程や、事件が凡そ証券犯罪ではないことが明らかになったが、それらに全く関心を示さず、「調査・捜査の結果を無視して、売買の外形的事実という監視委員会の調査以前からわかっていた事実だけで有罪だと断じる検察官の論告」しか聞きたくないという姿勢を、傍聴席を埋め尽くした傍聴人の前で、露わにしたのである。

第2、第3の問題については、既に【「録音録画停止後の脅し」を覆い隠そうとする検察と、加担する裁判所】で述べた。

ここでは第1の問題、監視委員会が、なぜ、このような花蜜氏の株式売買を、相場操縦の刑事事件として調査の対象にしたのか、そこにどのような誤解があったのかを述べておきたい。

「組織ぐるみの犯罪」と誤認して調査に着手した監視委員会

 監視委員会の中でも、刑事事件としての告発をめざす調査を担当する「特別調査課」が、花蜜氏の強制調査に着手した最大の理由は、一連の売買を、夢の街という上場会社の「企業ぐるみの犯罪」ととらえたことにある。

夢の街の創業者である花蜜氏が、顧問として経営に再び関わるようになったことは公表されていた。このような場合、いずれ取締役に復帰することを予定していることが多い。監視委員会は、夢の街株が複数の名義を使って大量に買い集められ、しかも、その手口に、かなり露骨に株価を上昇させようとする意図が窺われることを把握し、その株式取引の名義人が花蜜氏に関係する人物であることをつきとめた段階で、夢の街の経営に復帰する予定の花蜜氏が、現社長の中村氏と意思を通じて、夢の街株を買い進めているものと考えたようだ。実際には、中村氏は花蜜氏の株式取得とは全く無関係だった。たまたま、同じ時期に、夢の街社が自社株買いをしていたことも、監視委員会が「組織的な買い集め」の疑いを持つことにつながったようだ。花蜜氏の銀行口座にはまとまった資産もなかったので、株式取得資金は、何らかの形で夢の街の会社側から出ているものと推測したのであろう。監視委員会の特別調査部は、そのような想定の下、組織的な相場操縦事件として、強制調査に着手したものと考えられる。

しかし、実は、花蜜氏は、中村社長とは全く関係なく、むしろ、中村社長にわからないように、他人名義で夢の街株を買い進めていたのだ。しかも、花蜜氏には、株式取得資金は僅かしかなかったが、上記①のとおり「益出しクロス」で得た実現益を新たな株式取得資金に回すという方法をとっていて、資金は会社からは全く出ていなかった。

監視委員会は、事件の見立てを完全に誤っていたのである。

花蜜氏の話によると、監視委員会での当初の取調べは、ほとんどが「会社ぐるみの株買い集め」の疑いに向けられていて、それが全くの見込み違いで、実は花蜜氏の個人的な買い集めだとわかった段階で、しばらく調査が中断したとのことだ。

「企業ぐるみの犯罪」という見立ては、完全に外れてしまったが、刑事告発をめざして強制調査に入った以上、「後には引けない」ということなのか、特別調査部は、花蜜氏の夢の街株売買を、個人の相場操縦の犯罪として構成しようとした。

そこで、問題になったのが、花蜜氏に、「違法な相場操縦」の主観的要件である「売買を誘引する目的」があるか否かであった。

【前記ブログ記事】でも述べたように、最高裁判例で、「他の投資者に誤認させて売買取引に誘い込む目的」がなければ相場操縦の犯罪は成立しないとされている。

既に述べた花蜜氏の夢の街株の取得計画からすると、自分が株を買うことで株価を上げたいと言う気持ちがあったことは確かだが、他人を巻き込もうとは思っておらず、ましてや、「見せかけの注文」で他人に誤認させるつもりは全くなかった。

「対当売買」を誤解した監視委員会

監視委員会での取調べで、花蜜氏が売買の経緯や目的を説明し、「他の投資者を誤認させて売買取引に誘い込む目的」などなかったと訴えても、理解してもらえなかった。

監視委員会側が注目したのは、「仮装売買」だった。

前記①で述べたように、花蜜氏の夢の街株の取得は、信用取引によるものだった。買い建玉に評価益ができると、その信用取引の決済のための売り注文に、新たな買い注文をぶつけて売買を成立させるという「対当売買」を行って、買い建玉の値上がり分の実現益を得て、それを新たな株式買付け資金に充てていた。買いも売りも花蜜氏が出している注文なので、表面的には「仮装売買」のように見えるが、実現益を出すための「益出しクロス」だった。

ところが、監視委員会側は、花蜜氏の「対当売買」を、誘引目的で行われた「仮装売買」ととらえたのだ。

花蜜氏は、夢の街株の売買を始めた2013年4月頃から翌2014年1月頃までの株価が順調に上昇していた時期には「対当売買」を行っていたが、その後、株価が下落し、追証が発生しないように必死に買い支えていた時期には、「対当売買」を行っていない。

花蜜氏にとっては、まとまった売り注文が続々と出され、株価が下落を始めた後、追証が発生しないよう、防戦買いを行っていた時期が、ある意味では、最も株価を上げたかった時期である。もし、「対当売買を行って、売買が活発に行われているように見せかけることで他の投資者を誘引して株価を上げることができる」と考えていたのであれば、その時期こそ「対当売買」を多用していたはずだ。しかし、実際には、この時期には対当売買はほとんど行っていない。

それは、株価が下落していたため評価益が出ていなかったからだ。花蜜氏にとって「対当売買」を行う目的は「益出し」だったので、利益が出ていない以上、行う必要がなかったのである。

このことは、「対当売買」が、「売買が活発に行われているように見せかける目的で行われていなかったこと」を端的に示すものだった。

ところが、監視委員会は、花蜜氏の「対当売買」を、相場操縦の認定の決め手とした。花蜜氏が、「売買が活発に行われているように見せかける目的」で「仮想売買」を行ったと認定したのだ。

そして、頻繁に「対当売買」が行われている2013年7月から2014年1月までの期間は「変動操作取引」と構成し、ほとんど対当売買を行っていない2014年4月から5月にかけての取引は「安定操作取引」と構成して、花蜜氏を告発したのである。

「変動操作取引」というのは、「売買を誘引する目的」「売買が活発に行われているように見せかける目的」があって初めて成立する犯罪であるが、「安定操作取引」というのは、「相場を安定させる目的」で株価を固定させたというだけで成立する。

【前回ブログ記事】でも述べたように、起訴事実のうち第1事実が「変動操作取引」、第2事実が「安定操作取引」と構成されているが、これは、監視委員会の告発事実を、検察がそのまま起訴したということだ。

しかし、そもそも花蜜氏の「対当売買」は、「益出しクロス」であり、「売買が活発に行われているように見せかけるためのもの」ではない。そのことは、前記のとおり、利益が出ない局面では「対当売買」を行っていないことからも明らかだ。監視委員会は、そのことを無視して、取引の外形だけで、無理やり相場操縦事件を仕立て上げたのである。

安定操作取引での起訴

監視委員会が、株価が下落したため追証が発生しないように買い支えていた期間を「安定操作取引」ととらえたのは、「対当売買」が行われていないので、「売買を誘引する目的」などの主観的要件を立証することが難しいが、「売買を誘引する目的」などの主観的要件が不要の「安定操作取引」なら立証できると判断したものだと思われる。

ところが、実は、それが大きな間違いだった。「安定操作取引」とは、有価証券の募集や売り出しを円滑に行うため、相場の安定を目的として行う市場での売買取引であり、相場操縦の代表的裁判例である「協同飼料株価操作事件」の東京高裁判決でも、「一連の売買取引が、全体として現にある相場を一定の範囲から逸脱しないようにするのにふさわしいもの」とされている。

有価証券の募集・売り出しを円滑に行うために、株価の急激な変動を回避し、一定の範囲に収まるようにする必要がある場合には、届出・報告等の所定の手続をとった上で行われる安定操作は適法とされる。一方で、そのような手続を経ることなく、株価が、「一定の範囲」から逸脱しないようにする安定操作を行った場合には、違法とされるのである。

そのような趣旨からすると、「安定操作取引」が成立するのは、「上限価格」と「下限価格」を定めて、株価がその間に収まるようにした場合であり、単に、一定の価格を下回らないように買い支えていたというだけでは、犯罪は成立しないというのが正しい解釈だ。

前述した夢の街株取得計画からしても、花蜜氏が行った一連の売買は、「夢の街」の株価を上昇させる目的で行ったものであり、同社の業績が好調であるのに、売り圧力が高まっていたことから、結果的に、株価を上昇させることができなかっただけだ。「下限価格」だけではなく「上限価格」を決めて株価が「一定の範囲」に収まるようにする意図は全くなかった。このような花蜜氏の売買は、違法な「安定操作取引」には該当しない。

ところが、監視委員会の側には、「安定操作取引」が成立するためには、「下限価格」だけではなく、「上限価格」を設定して、それを上回らないようにすることが必要だという問題認識がなかったようだ。

その問題認識がなかったのは検察官も同様だったようで、第2事実については、「下限価格」を下回らないようにしたことだけを認定して「安定操作取引」で起訴したのだ。

そして、公判で、弁護人が、上記のような「安定操作取引」に関する金商法の規定の趣旨や裁判例との関係を示して、「花蜜氏の取引は安定操作取引には当たらない」という無罪主張をしたところ、検察官は、株式取引の分析報告書の作成者の証人尋問の中で、突然、報告書にも書かれていなかった「上限価格」を具体的に問う質問を始めた。

何とかして株価を上昇させたいと思っていた花蜜氏は、「上限価格」の設定などするわけがない。当然のことながら、検察官の「上限価格」の立証は失敗に終わった。花蜜氏自身も、被告人質問で「上限価格」の設定を明確に否定した。

ということで、株価を「一定の範囲から逸脱しないようにする」ととらえる判例を前提にすると、起訴事実第2の「安定操作取引」についての検察官の立証も完全に失敗したと言わざるを得ないのである。

こうして公判での立証が終了し、検察官が論告で、「安定操作取引」についていったいどういう主張をしてくるのかと注目していたところ、何と、今度は開き直って、「上限価格を設定していなくても、違法な安定操作取引に該当する」という主張をしてきた。

驚くべき検察官の主張

【前記ブログ記事】でも述べたように、花蜜氏の主観面に関する直接証拠は何もなく、「売買を誘引する目的」についての検察官の立証は完全に失敗、「安定操作取引」についての立証も上記のとおり失敗に終わった。

ところが、検察官は、花蜜氏の夢の街株の売買取引や注文の内容という、監視委員会の調査が始まる前から客観的に存在した事実だけを根拠に、「変動操作取引」も「安定操作取引」も「有罪だ」と主張して、懲役3年と罰金2000万円を求刑してきたのである。

それに対して、弁護人が、立証の経過を問題にし、検察官の主張がいかに的外れで論外なものかを指摘しようとしたところ、検察官が異議を述べ、家令裁判長は、それを認めて、弁論の削除を命じるという信じ難い訴訟指揮を行ったというのが【前回ブログ記事】で述べた公判期日の状況だったのである。

判決は、本日3月28日午後4時から、東京地裁813号法廷で言い渡される。夢の街の創業者の花蜜氏が、まとまった同社株を取得するために行った一連の売買が、証券市場の犯罪として処罰されるべき行為ではなかったことは、誰の目にも明らかだろう。

この事件に有罪判決が下されるとすれば、日本の刑事司法は闇である。

本日(3月28日)の判決に注目して頂きたい。


編集部より:このブログは「郷原信郎が斬る」2017年3月27日の記事を転載させていただきました(日付のみ編集部で改稿)。オリジナル原稿を読みたい方は、こちらをご覧ください。

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